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略歴編集

本社アナウンス部に配属後、1982年8月に釧路放送局に異動して数々のローカル番組を担当し、1986年8月に本社アナウンス部へ異動(復帰)となり、その直後に、ナイターオフシーズン期の1986年10月から1987年3月まで放送されたラジオのリクエスト番組「赤城敏正 宵の口ワイド」を担当し好評を得たことから、1987年4月から1988年3月までの1年間にわたって「ベストテンほっかいどう」のパーソナリティを担当。以後、主にラジオを中心に活躍している。

テレビではナレーションを担当することが多く、顔を出して番組に出演するケースが(特に末期は)非常に少なかった。そのため本人もたまにテレビ出演があると「思えば、テレビの番組というのは、いつ以来だろう・・・と考えてしまうぐらい久しぶりです。」とWeb上でコメントしてしまうほど[1]

HBCのアナウンス部長を務めていたが、2012年6月28日付で社長室広報部長兼コンプライアンス室経営管理部長に異動となった。[2]。なお、アナウンサー時代に収録していた日曜深夜のラジオ放送におけるクロージングアナウンスの音源や一部のラジオCMは人事異動後も引き続き流れている。

担当番組編集

テレビ編集

ラジオ編集

釧路放送局編集

  • 釧路市民の時間(1982年8月 - 1986年8月)
  • QLタイム釧路からこんにちは(1982年8月 - 1986年8月)
  • まつだワイワイプレゼント(1982年8月 - 1986年8月)
  • 十条ドッキリ生放送(1982年8月 - 1986年8月)
  • 赤城敏正のLPランド(1982年8月 - 1986年8月)

本社アナウンス部編集


脚注編集

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  1. ^ 2006年12月1日「久しぶりのテレビ番組・・」(赤城 敏正) - HBCアナウンサー日記
  2. ^ 2012年5月25日付北海道新聞より

外部リンク編集