青山 忠世(あおやま ただよ)は、戦国時代武将松平氏の家臣。

 
青山忠世
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 天文4年12月27日1536年1月30日
別名 金兵衛、喜三郎、善大夫
戒名 浄善
墓所 愛知県岡崎市の大林寺
主君 松平長親信忠清康
氏族 青山氏
父母 青山長光
兄弟 忠世忠教、権三郎
忠門、東久坊宗玄室、重成忠重青木俊成
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生涯編集

大永6年(1526年伊勢盛時三河国に侵入して岩津城を攻めた際、松平長親の命に従って援軍に赴いてこれを退ける。次いで松平信忠の代、庶子の松平信定を擁立する空気があったが、忠世はこれに反対したため、無事に継嗣は嫡子の清康となった。天文4年(1536年守山崩れに乗じて攻め寄せた織田信秀軍を伊田野で撃退したが、その戦いで戦死した。

出典編集