鳥屋野村

日本の新潟県中蒲原郡にあった村

鳥屋野村(とやのむら)は、かつて新潟県中蒲原郡にあった1943年12月8日の新潟市への編入合併によって消滅し、現在は新潟市中央区の一部となっている。

とやのむら
鳥屋野村
廃止日 1943年12月8日
廃止理由 編入合併
鳥屋野村石山村新潟市
現在の自治体 新潟市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
中蒲原郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 6,024
国勢調査1940年
隣接自治体 新潟市、石山村、曽野木村西蒲原郡黒埼村坂井輪村
鳥屋野村役場
所在地 新潟県中蒲原郡鳥屋野村大字近江新田[1]
座標 北緯37度54分04秒 東経139度02分24秒 / 北緯37.90106度 東経139.04011度 / 37.90106; 139.04011座標: 北緯37度54分04秒 東経139度02分24秒 / 北緯37.90106度 東経139.04011度 / 37.90106; 139.04011
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以下の記述は合併直前当時の旧鳥屋野村に関しての記述であり、現在では名称等が異なる場合がある。なお、ここに記述されていない内容に関しては新潟市などの記事を参照。

歴史 編集

  • 1874年(明治7年) - 鳥屋野村と藤巻新田が合併し、鳥屋野村となる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともなう合併により、鳥屋王村(とやのおむら)と女池村が発足。鳥屋王村役場は出来島新田に設置[2]
鳥屋王村 鳥屋野村網川原新田親松新田大島新田出来島新田上所島新田下所島新田天神尾新田近江新田
女池村 女池新田小張木新田神道寺新田紫竹山新田堀之内新田米山新田笹口新田
  • 1890年(明治23年) - 鳥屋王村が鳥屋野村と改称[3]
  • 1901年(明治34年)11月1日 - 鳥屋野村と女池村が合併し、鳥屋野村となる。村役場は近江新田に設置[4]
  • 1943年(昭和18年)12月8日 - 新潟市へ編入[5]。(鳥屋野村消滅)

地域 編集

鳥屋王村の地域のみ記載。

鳥屋王村 編集

鳥屋王村は、合併した村名を継承する以下の大字で構成される。

鳥屋野 (とやの)
1889年(明治22年)まであった鳥屋野村の区域。現在の新潟市中央区鳥屋野。
網川原 (あみがわら)
1889年(明治22年)まであった網川原新田の区域。現在の新潟市中央区網川原。
親松 (おやまつ)
1889年(明治22年)まであった親松新田の区域。現在の新潟市中央区親松。
大島 (おおじま)
1889年(明治22年)まであった大島新田の区域。現在の新潟市中央区大島。
出来島 (できじま)
1889年(明治22年)まであった出来島新田の区域。現在の新潟市中央区出来島。
上所島 (かみところじま)
1889年(明治22年)まであった上所島新田の区域。現在の新潟市中央区上所。
下所島 (しもところじま)
1889年(明治22年)まであった下所島新田の区域。現在の新潟市中央区下所島。
天神尾 (てんじんお)
1889年(明治22年)まであった天神尾新田の区域。
近江 (おうみ)
1889年(明治22年)まであった近江新田の区域。現在の新潟市中央区近江。

信濃川埋立地 編集

1929年(昭和4年)から1939年(昭和14年)にかけて行われた、新潟県による信濃川埋立によってできた地域[6]。埋立以前から河川敷として利用されていたため、出来島など最寄りの大字に含められていたが、戦後になって町名が新光町美咲町に変更された[7]

行政 編集

歴代村長 編集

学校 編集

  • 鳥屋野村立鳥屋野国民学校(現新潟市立鳥屋野小学校
  • 鳥屋野村立上所国民学校(現新潟市立上所小学校)
  • 鳥屋野村立女池国民学校(現新潟市立女池小学校)
  • 鳥屋野村立笹口国民学校(現新潟市立笹口小学校

脚注 編集

注釈

出典

参考文献 編集

  • 角川日本地名大辞典 編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(株)角川書店、1989年10月8日。ISBN 4-04-001150-3 
  • 『新潟歴史双書 8 新潟の地名と歴史』新潟市、2004年3月31日。 
  • 『新潟県市町村区域及改称市町村名一覧表』関井常弥、1889年3月25日。 
  • 『新潟県市町村便覧』擁天堂、1902年6月15日。 
  • 『全国市町村便覧 : 三府四十三県北海道朝鮮台湾樺太関東洲其他』藤谷崇文館、1926年2月10日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和八年度版)』新潟県年鑑社、1933年3月25日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和九年度版)』新潟毎日新聞社、1933年12月31日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和十年版)』新潟毎日新聞社、1934年12月7日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和十一年版)』新潟毎日新聞社、1936年1月5日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和十六年版)』新潟毎日新聞社、1940年12月1日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和十七年版)』新潟日日新聞社、1941年11月20日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和十八年版)』新潟日報社、1942年12月10日。 
  • 『新潟県年鑑(昭和十九年版)』新潟日報社、1943年12月20日。 

関連項目 編集