クルブ・アトレティコ・ウラカンClub Atlético Huracán (スペイン語発音: [uɾaˈkan]))は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスパルケ・パトリシオス地区を本拠地とするサッカークラブである。

CAウラカン
原語表記 Club Atlético Huracán
愛称 Globo ("気球")
Quemeros ("焼却炉")
クラブカラー 白・赤
創設年 1908年
所属リーグ アルゼンチンリーグ
所属ディビジョン スーペルリーガ
ホームタウン ブエノスアイレス
パルケ・パトリシオススペイン語版地区
ホームスタジアム エスタディオ・トマス・アドルフォ・ドゥコ
収容人数 48,314
代表者 アルゼンチンの旗 アレハンドロ・ナドゥール
監督 アルゼンチンの旗 イスラエル・ダモンテ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

歴史編集

1903年にチーム名を"Verde Esperanza y Nunca Pierde"(蒼き希望と不屈)という名前のチーム名にしてクラブを設立した。しかし、メンバーが文房具店へチームのゴム印鑑を作るために行ったところ、そこの店主に「短い名前にした方がいい。そうしないとかなりでかいゴム印を作らなければならなくなる」と言われた。その時、メンバーの1人が文房具店のカレンダーにEL Huracan(エル・ウラカン:ハリケーンの意)という文字が書いてあるのを見て、閃き、それをチーム名にすることを仲間に提案したところ、了承されてチーム名がウラカン (Huracan) となった。そして、1908年11月1日、正式なクラブ名をクルブ・アトレティコ・ウラカンClub Atlético Huracán)とした。

1973年にメトロポリターノで優勝し、プロ化以降、初優勝を飾る。監督はセサル・メノッティであった。2007-08シーズンにプリメーラ・ディビシオン(1部)に復帰した。ミゲル・アンヘル・カッパ監督に率いられた2009クラウスーラでは、マリオ・ボラッティなどが印象的な活躍を見せ、最終節を前にして首位に立っていた[1]。2位CAベレス・サルスフィエルドとの直接対決となった最終節は引き分けでも優勝が決まる有利な状況にあったが、引き分けが濃厚であった83分に決勝点を決められて敗れ、勝ち点でベレスに逆転されて2位に終わった[1]。ウラカンの(映像で見る限り正当な)得点がオフサイドと判断されて無効となり、ベレスの決勝点の際にキーパーチャージがあった可能性があるなど、試合を左右した主審の判定は試合後も物議を醸した[1]。2011-12シーズンに再びプリメーラB・ナシオナル(2部)へ降格した。

ニックネーム編集

ウラカンの愛称はEl Globo(エル・グロボ:気球の意)でチーム・エンブレムも気球である。これはアルゼンチンの航空業界の開拓者であるホルヘ・ニューベリーへの敬意を表して決まった。1909年、アルゼンチンでニューベリーが「エル・ウラカン(英訳するとハリケーン)」という名前の気球で、気球飛行による当時の南米新記録(13時間で、550キロメートル)を作った。それで、クラブ・ウラカンはニューベリーにこの気球「エル・ウラカン」のデザインをチーム・エンブレムとして使用させてもらえないかと頼んだ。すると、ニューベリーは快諾して、それにより、エンブレムが気球となった。そして、チームの愛称も「エル・グロボ」(気球)になった。

またウラカンにはlos Quemeros(ロス・ケメロス:焼却炉の意)という愛称も持つ。これはウラカンのスタジアムの近くにゴミ焼却場があるからである。この愛称は、初期の頃、この焼却場からの煙が観客席に押し寄せてきて、試合を観戦する邪魔になり、観客が困ったというところから付けられた。

ユニフォーム編集

ウラカンのユニフォームの白色と赤色は、ニューベリーが乗っていた気球の配色が白と赤だったので、そこからこの色に決まった。

ライバル編集

ウラカンの最大のライバルはCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロである。このクラシコはアルゼンチン国内でスーペル・クラシコボカ・ジュニアーズCAリーベル・プレート)、クラシコ・デ・アベジャネーダスペイン語版ラシン・クラブCAインデペンディエンテ)、クラシコ・ロサリオスペイン語版CAロサリオ・セントラルニューウェルズ・オールドボーイズ)に続き、4番目に関心を集めるダービーマッチである。

エピソード編集

アルゼンチン国内に"ウラカン"という名称のクラブは50近くもある。しかし、当クラブが最初であると言われている[2]。そのうちCAウラカン (トレス・アロヨス)スペイン語版CAウラカン (コモドロ・リバダビア)スペイン語版CAウラカン (インヘニエロ・ホワイト)スペイン語版などは名前のみならず、ユニフォームのデザインまで当クラブと同じ白色にしている。またペルーのアレキーパにあるクラブ・スポルティーボ・ウラカンスペイン語版は、CAウラカンに憧れて名称をウラカンとした(ユニフォームのデザインは緑色で違うものにしている)。

タイトル編集

国内タイトル編集

アマチュア時代編集

  • 1部リーグ : 4回
    • 1921, 1922, 1925, 1928

プロ化後編集

過去の成績編集

シーズン ディビジョン 順位 試合数 得点 失点 勝ち点 備考
2006-07 アペルトゥーラ プリメーラB 6 19 9 6 4 29 26 33
クラウスーラ 3 19 10 6 3 33 20 36 過去3シーズンの通算成績によりプリメーラに昇格
2007-08 アペルトゥーラ プリメーラ 7 19 8 6 5 24 21 30
クラウスーラ 13 19 5 7 7 15 17 22
2008-09 アペルトゥーラ プリメーラ 17 19 5 5 9 18 29 20
クラウスーラ 2 19 12 2 5 35 19 38
2009-10 アペルトゥーラ プリメーラ 19 19 2 5 12 12 34 11
クラウスーラ 10 19 7 5 7 21 22 26
2010-11 アペルトゥーラ プリメーラ 18 19 4 4 11 16 33 16
クラウスーラ 20 19 3 5 11 18 42 14 過去3シーズンの通算成績によりプリメーラBに降格
2011-12 - プリメーラB 12 38 12 10 16 43 51 46
2012-13 - プリメーラB 8 38 15 9 14 44 41 54
2013-14 - プリメーラB 3 42 19 10 13 43 30 67
2014 - プリメーラB ソナB 6 20 8 5 7 26 21 29 ソナB・プレーオフに勝利しプリメーラに昇格
2015 - プリメーラ 23 30 6 12 12 29 37 30 コパ・スダメリカーナ2回戦敗退
2016 - プリメーラ ソナ2 5 16 7 4 5 21 15 25 コパ・リベルタドーレス予選敗退
2016-17 - プリメーラ

現所属メンバー編集

2018年10月7日現在[3]
No. Pos. 選手名
1   GK マルコス・ディアス
2   DF フェデリコ・マンシネージ
3   DF パブロ・アルバレス
4   DF カルロス・アラウホ
5   MF イスラエル・ダモンテ
6   DF サウール・サルセド
8   MF マウロ・ボガード
9   FW アンドレス・チャベス
10   MF アンドレス・ロア
11   FW カルロス・アウスキ
13   DF ワルテル・ペレス
14   MF フェデリコ・マリン
15   MF イバン・ロッシ
16   FW ディエゴ・メンドーサ
17   DF ホアキン・メンディーベ
No. Pos. 選手名
18   MF パトリシオ・トランソ
19   FW ニコラス・コルデーロ
20   FW ノルベルト・ブリアスコ=バレキアン
21   FW ルーカス・ガンバ
22   GK フェルナンド・ペジェグリーノ
23   DF ルーカス・メロージャ
24   MF フアン・ガーロ
25   DF オマル・アルデレーテ
26   MF ダビド・ドロッコ
27   DF アグスティン・カスコ
28   DF クリスティアン・チミーノ
29   MF マティアス・フアレス
-   DF フェルナンド・コスシウク
-   FW ガブリエル・ゲーラ

歴代監督編集

歴代所属選手編集

GK編集


DF編集


MF編集


FW編集


脚注編集

外部リンク編集