CBCビップ・ヤング
『CBCビップ・ヤング』(シービーシービップ・ヤング)は、1971年4月1日から1972年10月7日までCBCラジオで放送された深夜放送ラジオ番組である。放送時間は火曜 - 日曜 0:40 - 3:40(月曜 - 土曜深夜)。
CBCビップ・ヤング | |
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ジャンル | 深夜ラジオ番組 |
放送方式 | 生放送 |
放送期間 | 1971年4月1日 - 1972年10月7日 |
放送時間 | 火曜 - 日曜 0:40 - 3:40(月曜 - 土曜深夜) |
放送局 | CBCラジオ |
パーソナリティ | パーソナリティを参照 |
概要 編集
CBCラジオは1967年4月より、若者向けの深夜放送を開始。『CBCヤングリクエスト[1][2]』(月 - 土曜 24:20 - 26:00)を編成後、『オールナイトCBC』(月 - 土曜 26:00 - 28:50)を1969年4月より開始した[3][4]。
その後、東海ラジオが自社制作の若者向け深夜放送『ミッドナイト東海』を1968年3月より開始。若者層のリスナーから人気を得た。
『CBCヤングリクエスト』『オールナイトCBC』は後に『CBCビップ&ビップス~ミッドナイトレインボー~』として番組を一本化。1970年4月14日から1971年3月31日まで放送した。同タイトル時代の放送時間は月曜 - 土曜 24:30 - 28:50。CBCビップ&ビップスはミッドナイト東海に攻勢を掛けるが番組の聴取率と人気は及ばず、番組タイトルをCBCビップ・ヤングに変更。内容をリニューアルした。
当番組はCBCの男性アナウンサーと女性タレントのペア制を止めて、同局の男性アナウンサー、フォークシンガー、タレントを曜日別に起用。番組の構成を前半・後半の2部制に変更した上で後半の番組内容を労働者向けにする等、試行錯誤が続いた[4]。
番組が終了に至った経緯は聴取率低迷と同局の労働組合による深夜労働への反発の煽りを受けたためである。番組終了後、CBCラジオはニッポン放送の深夜放送『オールナイトニッポン』[5]を1972年10月より開始した。
パーソナリティ 編集
CBCヤングリクエスト(1969年4月) 編集
※当時のCBC 男性アナウンサーが担当
オールナイトCBC(1969年4月) 編集
※在名の女性タレントが担当
CBCビップ・ヤング 編集
脚注 編集
- ^ ABCラジオの若者向け深夜放送『ABCヤングリクエスト』が近畿地方の若者層リスナーから人気を得ている事を知ったCBCラジオが「名古屋でも始めよう」と開始した。扶桑社『つボイ正伝~「金太の大冒険」の大冒険』p.33、80
- ^ 『ABCヤングリクエスト』のキャッチフレーズは「葉書で当てよう! 車と一万円」だが、当番組は「葉書で当てよう! カラーテレビと一万円」だった。三才ブックス 月刊ラジオパラダイス 1987年4月号 特集「深夜放送20周年ぐらふぃてぃ」
- ^ CBCラジオは『オールナイトCBC』開始を機に、月 - 土曜の24時間放送を開始した。東海ラジオは24時間放送を1966年6月に開始。同局に遅れる事、3年後の開始である。
- ^ a b 扶桑社『つボイ正伝~「金太の大冒険」の大冒険』p.33 - 34
- ^ 番組は第1部のみ、ニッポン放送よりネット。『オールナイトニッポン0』は東海ラジオで放送している。
CBCラジオ 月 - 土 24:40 - 27:40 枠 (1971年4月 - 1972年10月) |
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
CBCビップ&ビップス
〜ミッドナイトレインボー〜 (24:30 - 28:50) |
CBCビップ・ヤング
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