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札幌テレビ放送

日本の北海道の民間テレビ放送局

札幌テレビ放送株式会社(さっぽろテレビほうそう)は、北海道放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者。略称はSTV[1]、通称は札幌テレビコールサインはJOKX-DTV。NNN/NNS系列に属する。

札幌テレビ放送株式会社
The Sapporo Television Broadcasting Co.,Ltd.
Stv logo.svg
STV-Sapporo-hq-01.jpg
本社・札幌放送局(札幌テレビ放送会館)
種類 株式会社
機関設計 監査役会設置会社
略称 STV、札幌テレビ
本社所在地 日本の旗 日本
060-8705
北海道札幌市中央区北1条西8丁目1-1[1]
設立 1958年4月8日[1]
業種 情報・通信業
法人番号 5430001020206
事業内容 一般放送(テレビジョン放送)事業など
代表者 根岸豊明(代表取締役社長)
資本金 7億50百万円
発行済株式総数 3,000株(2016年3月31日現在)
売上高 連結:187億91百万円
単体:156億71百万円
(2016年3月期)
営業利益 連結:13億88百万円
単体:10億89百万円
(2016年3月期)
経常利益 連結:15億28百万円
単体:12億75百万円
(2016年3月期)
純利益 連結:11億97百万円
単体:10億20百万円
(2016年3月期)
純資産 連結:291億44百万円
単体:247億90百万円
(2016年3月31日現在)
総資産 連結:379億9百万円
単体:292億59百万円
(2016年3月31日現在)
従業員数 連結:386名
単体:197名
(2016年3月31日現在)
決算期 3月31日
会計監査人 有限責任あずさ監査法人
主要株主 日本テレビ放送網株式会社 24.80%
株式会社読売新聞東京本社 9.87%
公益財団法人日本テレビ小鳩文化事業団 7.30%
北海道電力株式会社 6.33%
株式会社北洋銀行 4.53%
株式会社北海道銀行 4.53%
第一生命保険株式会社 4.00%
讀賣テレビ放送株式会社 4.00%
中京テレビ放送株式会社 3.20%
株式会社福岡放送 3.13%
主要子会社 エス・テー・ビー興発株式会社[2] 100%
株式会社札幌映像プロダクション[2] 100%
株式会社エス・テー・ビー開発センター[2] 100%
株式会社STVラジオ[2] 100%
エステービー・メディアセンター株式会社[2]
外部リンク https://www.stv.jp/
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札幌テレビ放送
英名 The Sapporo Television
Broadcasting Co.,Ltd.
放送対象地域 北海道
ニュース系列 NNN
番組供給系列 NNS
略称 STV
愛称 札幌テレビ
呼出符号 JOKX-DTV
呼出名称 STVデジタルテレビジョン
開局日 1959年4月1日
本社 〒060-8705
北海道札幌市中央区北1条西8丁目1-1
演奏所 本社と同じ
リモコンキーID 5[3]
デジタル親局 札幌 21[4]ch
主なデジタル中継局 旭川 23ch
函館 15ch
室蘭 22ch
網走 16ch
帯広 21ch
釧路 31ch[4]
公式サイト https://www.stv.jp/tv/
特記事項:
デジタルテレビジョン放送では、札幌局(親局)以外にコールサインが付与されない。
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目次

会社概要編集

概要編集

 
札幌テレビ放送(STV)中継車

開局当初はテレビ単営局であったが1962年12月15日よりAMラジオ放送も開始し、『テレビが先行開局し、その後ラジオ放送を開始』した全国唯一のラジオ・テレビ兼営局であったが、2005年にラジオ部門を分社しラジオ放送免許は株式会社STVラジオに継承され、STV自体はテレビ単営局に戻った(詳細は後述)。

マスコットキャラクターは「どさんこくん」(2018年1月1日 - )[6]、キャッチフレーズは「どんどんどさんこ[6]

視聴率編集

テレビ視聴率は1992年度から全日(6~24時)で24年連続首位。これは全国民放最長の記録。1993年から2004年まで4冠を続けていたが、2005年、2006年、そして2007年の年間視聴率ではUHBゴールデンタイムプライムタイムの2冠を奪われて視聴率4冠を逃した[7]。2008年からは再び4冠に返り咲き、2016年まで9年連続4冠を獲得している。また2006年7月には、月間視聴率でもUHBに全日・ゴールデン・プライムの3冠を奪われたため、月間全日視聴率首位の記録は153ヶ月(1993年10月-2006年6月)で止まった[8]

ラジオ部門の分社化編集

沿革編集

 
旧放送会館(1961年頃)

発端は北海道開発庁の諮問機関である北海道開発審議会での黒澤酉蔵議長(北海道製酪販売組合連合会(酪連。現在の雪印メグミルク)創業者。当時北海タイムス会長)、菊池吉次郎特別委員(当時北海タイムス社長。小樽新聞(読売新聞社が戦前道内で発行していた新聞)出身。札幌テレビで初代社長( - 1961年5月25日)、のち相談役( - 1967年5月26日)を歴任)、栗林徳一委員(栗林商会代表。札幌テレビで非常勤取締役を歴任( - 1981年12月27日))、萩原吉太郎北炭社長)委員らの雑談であった。

北海道に新たな民放向けテレビチャンネルが割り当てられることになり、当時北海道新聞(道新)の対抗紙として発行されていた地方紙の北海タイムス(現在は廃刊)は、道新が北海道放送(HBC)と親密な関係であったことに対抗すべく、放送局開設を決意し免許を申請した。 一方、日本テレビも一企業による全国放送を行うべく、函館放送局、次いで札幌放送局の免許を申請[9]。さらに産経新聞札幌支局を中心に真藤慎太郎(元日魯漁業(現マルハニチロ)副社長)と結びついた一派が免許を申請した他、北海道に進出していた東京急行電鉄毎日新聞社が手を組み、鹿内信隆由仁町出身。当時フジテレビ専務取締役)とも結びついて免許を申請した。これらの各派を萩原が取りまとめて「札幌テレビ放送」として一本化した。 このため、開局当初から日本テレビとの関係が強く、またフジテレビとの関係も深かった。ただし、当初は「準教育局」として免許されたことから、学校放送を放送するため日本教育テレビ(NETテレビ、現在のテレビ朝日)ともネットを結んだ。創立事務局長は大輪武治北炭財務課長が務めた[10]

  • 1957年(昭和32年)
    • 4月15日 - アナログテレビ放送免許申請[11]
    • 10月22日 - アナログテレビ放送の予備免許交付[11]
  • 1958年(昭和33年)4月8日 - 会社設立[12]。一番最初の局舎は、その狭さから「トリ小屋」とも呼ばれていた[13]
  • 1959年(昭和34年)
    • 3月16日 - アナログテレビ放送の本免許交付[11]
    • 4月1日 - アナログテレビ放送(コールサイン:札幌JOKX-TV)本放送開始[12]
午前中の学校放送は日本教育テレビから、午後の教養・娯楽番組を日本テレビからネット[10]
  • 1960年(昭和35年)12月24日 - 旧放送会館運用開始(南1条西1丁目)[14]
  • 1961年(昭和36年)2月17日 - 札幌放送局で中波(AM)ラジオ放送予備免許を申請[15]
    • 4月 - 日本教育テレビの午前中の学校放送ネットがHBCに移行[16]
  • 1962年(昭和37年)
    • 12月15日 - 全国49番目、北海道で2番目の民間ラジオ放送局として中波(AM)ラジオ本放送開始[17]
  • 1964年(昭和39年)
    • 2月13日 - 【ラジオ】函館放送局を開局[17]
    • 2月26日 - 【ラジオ】旭川放送局を開局[17]
    • 2月28日 - 【ラジオ】帯広放送局を開局[17]
  • 1965年(昭和40年)5月 - 【ラジオ】NRNに加盟[18]
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月20日 - 【テレビ】札幌放送局でカラー放送開始(道内全域での放送開始は1968年)[19]
    • 4月 - 【テレビ】NNNに加盟[20]
  • 1969年(昭和44年)
    • 1月15日 - 【テレビ】札幌放送局の親局送信所をさっぽろテレビ塔から手稲山に移設。これにより、札幌親局送信所は全局手稲山に1本化された[21]
    • 10月1日 - 【テレビ】FNSに加盟[21]
  • 1970年(昭和45年)7月1日 - 【ラジオ】終夜放送を開始[17]
  • 1971年(昭和46年)
    • 3月 - 新放送会館落成[12]
    • 5月 - 【テレビ】EDPSテレビ運行システム運用開始[12]
    • 11月1日 - 【ラジオ】札幌放送局が50kWに増力、あわせて周波数も1460kHzから1440kHzに変更[17]
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月 - 毎日新聞・フジテレビ系役員が退陣。代わりに読売新聞・日本テレビ系の役員を選出[22]
    • 4月 - 【テレビ】北海道文化放送(FNN系列)の開局に伴い、日本テレビ系のフルネット局になる(これによりFNSから脱退)[22]
    • 8月 - 【ラジオ】初のイベントとして第1回「STVラジオ夏まつり」開催[22]
  • 1973年(昭和48年)
  • 1976年(昭和51年)
  • 1977年(昭和52年)1月 - 【テレビ】テレビCM自動編集送出システム運用開始(民放では初)[12]
  • 1979年(昭和54年)
  • 1982年(昭和57年)
    • 4月 - 【テレビ】テレビ営業運行オンラインシステム運用開始[12]。夕方のローカルワイドニュース『STVニュースToday』放送開始[12]
    • 12月 - 【テレビ】テレビニュースライブラリーシステム運用開始[12]
  • 1983年(昭和58年)
  • 1984年(昭和59年)
    • 8月30日 - 【ラジオ】根室中継局を開局[17]
    • 10月3日 - 【ラジオ】留萌中継局を開局[17]
  • 1986年(昭和61年)11月6日 - 【ラジオ】稚内中継局を開局[17]
  • 1988年(昭和63年)11月 - ボストンWBZ局と姉妹局提携調印[12]
  • 1989年(平成元年)
  • 1990年(平成2年)4月 - 【テレビ】早朝ワイド番組『朝6生ワイド』放送開始[12]
  • 1991年(平成3年)
    • 6月 - 【テレビ】新CMバンクシステム運用開始[12]
    • 10月7日 - 【テレビ】夕方の大型生情報番組『どさんこワイド120』放送開始[12]
    • 10月16日 - 【ラジオ】江差中継局、北桧山中継局を開局[17]
  • 1994年(平成6年)
    • 局キャラクターにムササビを模した「スティービー」を採用[23]
    • 8月 - 別館「STVアネックス」竣工[12]
  • 1995年(平成7年)
    • 1月 - 【ラジオ】「Vスタジオ」運用開始[12]
    • 3月 - 青森市に東北支局開設[24][12](現在は仙台市青葉区へ移転)。
    • 4月 - 【ラジオ】旭川・函館・室蘭・網走・帯広・釧路の各送信所出力を増力[25][注 1]
  • 1996年(平成8年)
  • 1998年(平成10年)
    • 4月 - 【テレビ】自社制作の全国放送番組「号外!!爆笑大問題」放送開始[12]
    • 9月 - ベルリン支局開設[12]
    • 9月29日 - 【ラジオ】遠別中継局を開局[12]
    • 「スティービー」に代わるキャラクターとして「となりのサッちゃん」登場[26]
  • 2000年(平成12年)
    • 1月 - 局キャラクターが「スピカちゃん」になる。この時に略称ロゴも現在のものに変わった[27]
    • 1月 - 【テレビ】バラエティ番組『1×8いこうよ!』放送開始[12]
    • 4月 - 札幌メディアパークSpicaグランドオープン[12]
    • 9月 - 「株式会社チャンネル北海道」を設立、北海道情報を発信することを目的に110度CSデジタル放送の許可申請を提出するも却下される[28]
  • 2001年(平成13年)10月 - 【テレビ】日曜朝の生情報番組『どさんこサンデー』放送開始[12]
  • 2002年(平成14年)
    • 10月 - 【テレビ】『サンデー!北のなるほ堂』放送開始[12]
    • 12月14日・15日 - 【ラジオ】放送開始40周年記念番組として、40時間の長時間番組を放送[29]
  • 2005年(平成17年)
    • 7月12日 - 【ラジオ】「株式会社STVラジオ」設立[17]
    • 8月 - 【テレビ】ニュース情報センター「D・Tera・S」竣工[12]
    • 10月1日 - 【ラジオ】ラジオ部門を株式会社STVラジオに譲渡、株式会社STVラジオとしての放送開始[12][17]

これ以降はテレビについての出来事のみ記述する。

  • 2005年10月 - 『D!アンビシャス』放送開始[12]
  • 2006年(平成18年)
    • 3月4日 - マスターをアナログ・デジタル統合のものに更新[30]
    • 3月31日 - HD対応大型中継車(新第1中継車)導入[30]
    • 6月 - 札幌放送局で地上デジタルテレビジョン放送[12]、ワンセグ放送の本放送開始[31]
  • 2007年(平成19年)
  • 10月1日 - 函館放送局・旭川放送局・帯広放送局・釧路放送局・北見放送局(網走)・室蘭放送局で地上デジタル放送開始[32]
  • 2008年(平成20年)

資本構成編集

企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:[35][36][37][38]

2016年3月31日編集

資本金 1株 発行済株式総数 株主数
7億5000万円 25万円 3,000株 136
株主 株式数 比率 議決権
日本テレビ放送網 744株 24.80% 27.33%
読売新聞東京本社 296株 09.86% 10.87%
日本テレビ小鳩文化事業団 219株 07.30% 08.04%
北海道電力 190株 06.33% 06.98%
北洋銀行 136株 04.53% 04.99%
北海道銀行 136株 04.53% 04.99%
第一生命保険 120株 04.00% 04.40%
讀賣テレビ放送 120株 04.00% 04.40%
中京テレビ放送 096株 03.20% 03.52%
福岡放送 094株 03.13% 03.45%
※自己株式 278株 09.26% 00.00%

過去の資本構成編集

テレビチャンネル編集

過去に放送されたテレビ番組編集

ネット番組編集

記述した番組以外にも放送されているものがある。

TBS系編集

フジテレビ系編集

☆印がついているものはフジテレビと同時ネットの番組

テレビ朝日系編集

アナウンサー編集

現在編集

過去編集

歴代アナウンス部長(アナウンサー出身以外)編集

関連会社編集

脚注・出典編集

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注釈編集

  1. ^ 3月まではいずれも1kWだった。なお、変更後の出力はSTVラジオ#ラジオ周波数を参照。
  2. ^ 2014年9月29日、混信地域に対する受信状況改善のため32chより変更[42][43]
  3. ^ 1989年度の第3作もSTVにて放送。
  4. ^ 1980年度の第2作もSTVにて放送。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 会社概要・所在地 - 札幌テレビ放送、2017年9月10日閲覧
  2. ^ a b c d e STVグループ - 札幌テレビ放送、2017年9月10日閲覧
  3. ^ 日本ケーブルテレビ連盟・各地のリモコンキーID(2019年6月12日閲覧)
  4. ^ a b c 総務省ホームページ・北海道内の地上デジタル放送局の開局状況(2019年6月12日閲覧)
  5. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み(札幌テレビ放送創立50周年記念事業推進室 編) p.328
  6. ^ a b STV創立60周年記念サイト”. 札幌テレビ放送. 2018年1月7日閲覧。
  7. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.364
  8. ^ 2006年8月2日付「日刊合同通信」より
  9. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.8 - 11
  10. ^ a b 札幌テレビ放送50年の歩み p.16 - 19
  11. ^ a b c 出典:『民間放送十年史』(日本民間放送連盟発行)「第2部各社史録」の「札幌テレビ放送」の項。
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak 沿革 - 札幌テレビ放送、2016年4月11日閲覧
  13. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.23
  14. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.29
  15. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.35
  16. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.38
  17. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 沿革 - STVラジオ、2017年9月10日閲覧
  18. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.51
  19. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.57
  20. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.56
  21. ^ a b 札幌テレビ放送50年の歩み p.79
  22. ^ a b c 札幌テレビ放送50年の歩み p.91 - 92
  23. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.215
  24. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.219
  25. ^ ラジオ新番組速報版三才ブックス)1994年秋号(p.22)、1995年春号(p.22)
  26. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.230
  27. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.250
  28. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.254
  29. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.262
  30. ^ a b 札幌テレビ放送50年の歩み p.281
  31. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.282
  32. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.288
  33. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.295
  34. ^ 札幌テレビ放送50年の歩み p.292
  35. ^ 有報リーダー”. Lafla. 2017年6月9日閲覧。
  36. ^ 日本民間放送連盟『日本放送年鑑'78』洋文社、1978年12月、108頁。
  37. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑'92』コーケン出版、1992年11月、163頁。
  38. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2003』コーケン出版、2003年11月、166頁。
  39. ^ a b 札幌テレビ放送 代表取締役会長
  40. ^ 札幌テレビ放送 代表取締役社長
  41. ^ 札幌テレビ放送 取締役相談役
  42. ^ テレビ中継局送信チャンネル変更のお知らせ STVホームページ(2014年9月1日)
  43. ^ 総務省北海道総合通信局による報道発表(2014年8月25日)
  44. ^ 1992年5月の東奥日報朝刊のSTVテレビ欄から
  45. ^ 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1961年(昭和36年)10月 - 1965年(昭和40年)9月 テレビ欄
  46. ^ a b c 『北海道新聞』(縮刷版) 1967年(昭和42年)9月 テレビ欄
  47. ^ 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1964年(昭和39年)2月 テレビ欄
  48. ^ a b 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1967年(昭和42年)3月 テレビ欄
  49. ^ 北海道新聞縮刷版昭和47年4月号793頁「4月28日付朝刊・テレビラジオ欄」より。
  50. ^ 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1966年(昭和41年)2月 テレビ欄
  51. ^ a b 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1965年(昭和40年)8月 テレビ欄
  52. ^ 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1965年(昭和40年)10月 - 1966年(昭和41年)9月 テレビ欄
  53. ^ a b c d 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1968年(昭和43年)3月 テレビ欄
  54. ^ 『北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1968年(昭和43年)10月 テレビ欄
  55. ^ a b 『北海道新聞』(縮刷版) 1969年(昭和44年)3月 テレビ欄
  56. ^ 『北海道新聞』(縮刷版) 1971年(昭和46年)3月 テレビ欄
  57. ^ a b c d e f g h i 札幌テレビ放送50年の歩み p.307 - 326「STV50周年 ともに分かちあった993人」
  58. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v アナウンサープロフィール(名前一覧) - 札幌テレビ放送、2017年9月28日閲覧
  59. ^ NHK(1953年後期入局)。STVに移籍後は放送第一声を発し、初代アナウンス課長時代に徳光和夫等の新人研修を担当。後に総務部副部長、制作部長、取締役、常務取締役社長室長、顧問を歴任。その後は三角山放送局「土曜リレーエッセイ」のパーソナリティを担当。
  60. ^ 後に旭川放送局主任。
  61. ^ 後に代表取締役社長。
  62. ^ 後にフリー。
  63. ^ 後に報道部副部長→東京支社報道部長。
  64. ^ 後に総務局次長、総務局付(局長職)
  65. ^ 後にFM福岡
  66. ^ 後に姓名が坂田。
  67. ^ 2018年7月より制作スポーツ局長。(一部番組には引き続き出演)
  68. ^ 当年の『日本民間放送年鑑』より。
  69. ^ 報道制作局報道部取材デスク、報道制作局報道部課長、報道制作局業務推進部長・チーフマネージャー・業務管理担当、アナウンス部長・チーフマネージャー(2013.7.1-2014.12)、総務局総務部長・一般財団法人STVグループみらい財団理事、総務局長、コンプライアンス推進室長・視聴者センター長を経て、早期退職。
  70. ^ 2019年放送の『どさんこ食堂』での木村洋二の発言より。1986年入社。報道情報局情報番組部課長・『どさんこワイド179』プロデューサー、STVラジオ編成制作部長・『ウイークエンドバラエティ 日高晤郎ショー』プロデューサー、制作スポーツ局制作部次長を経て、現職

外部リンク編集