FCアフマト・グロズヌイ

リパブリカン・フットボール・クラブ・アフマト・グロズヌイロシア語: Республиканский футбольный клуб Ахмат Грозный, 英語Republican Football Club Akhmat Grozny)は、ロシア連邦チェチェン共和国グロズヌイサッカークラブである。2018-19シーズンはロシア・プレミアリーグに所属。

FCアフマト・グロズヌイ
原語表記 Республиканский футбольный клуб Ахмат Грозный
クラブカラー 緑と白
創設年 1946年
所属リーグ ロシアリーグ
所属ディビジョン プレミアリーグ
ホームタウン グロズヌイ
ホームスタジアム アフマド・アレーナ
収容人数 30,000
代表者 ロシアの旗 マゴメド・ダウドフ
監督 タジキスタンの旗 ラシド・ラヒモフ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

旧クラブ名はテレク・グロズヌイ

歴史編集

1946年ディナモ (Динамо) として創設され、1948年ネフチャニク (Нефтяник) 、1958年テレク (Терек) に改称した[1]。テレクはコーカサス地方を流れるテレク川に由来する[2]チェチェン紛争の影響で1994年に解散をしたが、2001年に再建した。以前は安全上の問題からチェチェン共和国に隣するスタヴロポリ地方ピャチゴルスクにあるツェントラルニー・スタジアムを本拠地として使用していた。その後、グロズヌイにある収容人数1万200人のスルタン・ビリムハノフ・スタジアムに移り、2011年5月からはアフマド・アレーナを本拠地としている。

2003-04シーズンのロシア・カップにて、テレクはファーストディビジョン(実質2部)所属チームながら快進撃を続け、2004年5月末の決勝戦でプレミアリーグ(1部)のクリリヤ・ソヴェトフ・サマーラを下して初優勝した。下位リーグクラブによるロシア・カップ優勝は他に例がなく、決勝戦の3週間前には、2001年の再建時からクラブ会長職を務めてきたアフマド・カディロフがチェチェン独立派に暗殺されるという出来事があったばかりだった。その後、会長職は息子で次男のラムザン・カディロフに引き継がれた。同年のリーグ戦ではファーストディビジョンを優勝で終え、クラブの歴史上初めて1部リーグ昇格(旧ソ連リーグ時代を含む)を決めた。

2005年のプレミアリーグでは最下位となり、1年でファーストディビジョンに降格。前年のロシア・カップ優勝により出場権を得た2004-05シーズンのUEFAカップでは、予選を突破したものの、1回戦でスイスFCバーゼルに敗れた。

2007年のファーストディビジョンでは42戦28勝8敗6分けの2位でシーズンを終えプレミアリーグ復帰を果たす。

2011年5月11日にアフマド・アレーナが開場した[1]。スタジアム名は2004年5月9日に暗殺されたチェチェン共和国初代大統領のアフマド・カディロフに由来する[3]。同年11月28日、2004年以来テレクの会長に就いていたラムザン・カディロフが、クラブの戦略・強化、他諸々の方針に関して十分に対処する時間がないとの理由で退く事を表明し辞任[4]。後任は副会長であったマゴメド・ダウドフに引き継がれた[5]

チェチェン共和国を代表するクラブチームの一つで、FCスパルタク・モスクワFCロコモティフ・モスクワPFC CSKAモスクワへの対抗意識が根強く、ロシア国籍の選手に関しては、原則チェチェン人もしくはチェチェンにゆかりのある選手のみでチームを構成しており、ロシア・サッカー界の中で独自色を前面に押し出しているクラブである。2006年からチーム名をアフマド・アブドゥルハミドヴィッチ・カディロフ RFCテレクに改名以降はチェチェン人を中心とした選手構成を継続し、国外からの効果的な補強と下部組織出身の若手有望選手のトップチーム昇格により、クラブをプレミアリーグに完全に定着させた。

2017年6月、テレクからアフマト (Ахмат) に改称した[2][3]。新しいクラブ名はアフマド・カディロフに由来する[2]

タイトル編集

国内タイトル編集

2004

国際タイトル編集

なし

過去の成績編集

  ロシア
シーズン ディヴィジョン 順位 国内カップ 欧州カップ戦 備考
1992 1部(西部) 5位 34 18 5 11 63 43 41
1993 11位 42 20 4 18 76 63 44 ベスト16 降格
1994 2部(南部) 21位 40 7 5 28 22 83 19 ベスト32
1995 ベスト512
1995-2001 チェチェン紛争の影響で解散
2001 2部(南部) 5位 38 22 7 9 57 29 73
2002 1位 40 36 1 3 98 20 109 ベスト128
2003 1部 4位 42 25 10 7 56 21 85 ベスト256
2004 1位 42 32 4 6 70 22 100 優勝 昇格
2005 プレミア 16位 30 5 5 20 20 50 14[6] ベスト32 UC 1回戦敗退 降格
2006 1部 8位 42 18 8 16 48 47 62 ベスト16
2007 2位 42 28 6 8 69 27 90 ベスト32 昇格
2008 プレミア 10位 30 9 8 13 28 42 35 ベスト16
2009 12位 30 9 6 15 33 48 33 ベスト16
2010 12位 30 8 9 13 28 34 33 ベスト16
2011–12 11位 44 14 10 20 45 62 52 準々決勝敗退
2012-13 8位 30 14 6 10 38 40 48 準々決勝敗退
2013-14 12位 30 8 9 13 27 33 33 準々決勝敗退
2014-15 9位 30 10 7 13 30 30 37 ベスト32
2015-16 7位 30 11 11 8 35 30 44 準々決勝敗退
2016-17 5位 30 14 6 10 38 35 48 ベスト16
2017-18 9位 30 10 9 11 30 34 39 5回戦敗退
2018-19 8位 30 11 9 10 29 30 42 ベスト16
2019-20 13位 30 7 10 13 27 46 31 準々決勝敗退
2020-21 30

欧州の成績編集

シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
2004-05 UEFAカップ 予選2回戦   レフ・ポズナン 1-0 1-0 2-0  
1回戦   バーゼル 1-1 0-2 1-3  

現所属メンバー編集

2018年11月29日現在

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
2 DF   ロドウフォ
3 DF   ザウルベク・プリエフ
4 DF   ウィルケル・アンヘル
5 DF   マゴメド・ムサロフ
6 MF   ミハイル・ガシュチェンコフ
9 FW   ザウル・サダエフ
10 MF   ハリド・カディロフ
11 MF   イスマエル
13 DF   ミラド・モハマディー
14 MF   ラヴァネッリ
15 DF   アンドレイ・セミョノフ
16 GK   エフゲニー・ゴロドフ
17 FW   アブライェ・ムベング
18 FW   ベキム・バライ
No. Pos. 選手名
19 MF   オレグ・イワノフ
20 DF   ゾラン・ニジッチ
21 MF   オディセ・ロシ
23 MF   アントン・シュヴェツ
27 FW   イドリス・ウマイェフ
31 GK   アレクサンドル・シェプラコフ
33 GK   ヴィタリー・グディエフ
40 DF   リズヴァン・ウツィエフ ( )
59 MF   イェフジェニ・ハリン
70 MF   アディル・バツィエフ
77 MF   ベルナルド・ベリシャ
87 MF   レキ・サドゥライェフ
95 FW   マゴリド・ミトリシェフ

ローン移籍編集

in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名

歴代監督編集

歴代所属選手編集

GK編集

DF編集

MF編集

FW編集

脚注編集

  1. ^ a b Клуб (История)”. РФК «Ахмат» Грозный им. А. А. Кадырова. 2017年8月28日閲覧。
  2. ^ a b c Главная футбольная команда Чеченской Республики будет переименована в «АХМАТ»”. РФК «Ахмат» Грозный им. А. А. Кадырова (2017年6月7日). 2017年8月28日閲覧。
  3. ^ a b РФПЛ подтвердила переименование «Терека» в «Ахмат»”. ТАСС (2017年6月10日). 2017年8月28日閲覧。
  4. ^ Р.Кадыров передал обязанности Президента ФК «Терек» Магомеду ДаудовуFCテレク・グロズヌイ公式サイト、2011年12月1日閲覧。
  5. ^ Кадыров покинул пост президента "Терека"lenta.ru、2011年12月1日閲覧。
  6. ^ 勝点6減

外部リンク編集