中谷 一雄(なかたに かずお、1898年9月3日 - 1986年12月10日 )は、日本経営者三菱銀行頭取を務めた。

来歴・人物

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鳥取県出身。府立一中[1]一高を経て、1922年東京帝国大学法学部法科を卒業し、同年に三菱銀行に入行した[2]1950年5月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1958年11月に副頭取に就任し、1959年6月には頭取に昇格した[2]1961年11月から相談役を務め、三菱地所取締役、三菱重工業監査役なども歴任[2]

1968年11月に勲三等旭日中綬章に受章[2]

1986年12月10日鎌倉市の自宅で火事により、死去[3]。88歳没。

脚注

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  1. ^ 『東京府立第一中学校五十年史』巻末「如蘭会員及現在生徒名簿」(東京府立第一中学校,1929年)参照
  2. ^ a b c d 興信データ株式會社 1981, な84頁.
  3. ^ 1986年 12月11日 日本経済新聞 夕刊 p13

参考文献

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  • 興信データ株式會社『人事興信録 第31版 下』興信データ、1981年。 
先代
小笠原光雄
三菱銀行頭取
第8代:1959年-1961年
次代
宇佐美洵