Far East Club Band
Far East Club Band(ファー・イースト・クラブ・バンド)は、シンガーソングライター、小田和正のバックバンド。
経歴
編集1990年に結成。小田を含め現メンバーのほとんどが血液型A型[1] のバンドである。
バンドの名前でもあるFar East Clubは、小田の所属事務所の名前である。
小田のコンサート・ツアー、楽曲のレコーディング、TBSテレビでほぼ毎年クリスマス時期に放送されている音楽番組『クリスマスの約束』での演奏を担当している。
これまで幾度かのメンバーチェンジを繰り返しており、結成当初から在籍しているのは栗尾直樹(キーボード)と吉池千秋(ベース)のみである。
1991年5月18日にリリースされた小田のベスト・アルバム『Oh! Yeah!』の収録曲である「FAR EAST CLUB BAND SONG」は結成当初のメンバーが参加。1995年1月25日にリリースされた小田のシングル「so long my love」は現在のメンバー[2]が演奏している。
2000年と2002年にオリジナル・アルバムをリリース。ライブ活動も行なった。
現在在籍のメンバー
編集過去在籍のメンバー
編集- 武田俊彦(ドラムス、1990年~1992年)
- 山内薫(ベース、1994年~2006年)現在は後述のライブイベントのみの参加。
- 有賀啓雄(ベース、2005年~2022年7月)当初は山内薫がスケジュールの都合で小田のツアーに参加できなかった時のみだったが、その後はレギュラーとして活動。2022年の小田のツアーでは新型コロナウイルスに罹患したため、一部公演を不参加。その後、2023年2月に前立腺がん(ステージ4)であることを自身のTwitterで公表し療養中[3]だったが、2月27日に死去[4]。歴代のメンバーの中では初の物故者となった。
- 安部恭弘(ギター&コーラス、1990年~1992年)
- 日高恵一(ギター、1990年~1993年)
- 高山一也(ギター、1993年~1996年)
- 高村ブン太(パーカッション、1990年~1992年)
- 木下智明(パーカッション&コーラス、2000年~2012年)小田のマネジメントスタッフも兼任している。ツアーのパンフレットや『クリスマスの約束』のスタッフロールでは「KINO」と表記されている。
- 山本潤子(コーラス、1994年~1998年)
- 今滝真理子(コーラス、1996年~1998年)
- 加藤いづみ(コーラス、2000年~2002年)
- 園山光博(サックス、1990年~2012年)初代バンドマスター。2014年-2015年のツアー『本日 小田日和』以降は自身のスケジュールの都合上、不参加であり正式なアナウンスがされないまま、脱退したと思われる。
ゲスト参加
編集ディスコグラフィー
編集オリジナル・アルバム
編集- Far East Club Band(2000年4月19日)
- ANOTHER MOONLIGHT(2002年4月24日)
ライブイベント
編集すべて横浜BLITZでの開催。
- LEGEND OF ROCK (2006年10月5日)
- LEGEND OF MASTERPIECE (2007年3月9日)
- LEGEND OF MASTERPIECE (2007年9月11日)
- LEGEND OF MASTERPIECE Vol.lV (2008年2月29日)
- LEGEND OF MASTERPIECE Vol.V (2008年10月11日)
- LEGEND OF MASTERPIECE Vol.Ⅵ (2009年10月10日)
- ゲスト:近田潔人、園山光博、安達久美、寺岡呼人、和田唱(TRICERATOPS)
- LEGEND OF MASTERPIECE Vol.Ⅶ (2010年3月13日)
- LEGEND OF MASTERPIECE Vol.Ⅷ (2010年10月23日)
- ゲスト:近田潔人、園山光博、SHOKA(Respect)、大介(Aqua Timez)、ムッシュかまやつ、黒澤健一
外部リンク
編集脚注
編集- ^ 木下智明のみB型(『KAZUMASA ODA TOUR 2008"今日も どこかで"』パンフレットより)。
- ^ この時のギターは高山一也。ベースは山内薫。
- ^ “皆さん有賀啓雄からお知らせです”. 有賀啓雄公式Twitter (2023年2月3日). 2023年2月17日閲覧。
- ^ nobuo ariga [@nobuoariga] (2023年3月4日). "有賀啓雄のお知らせです。(以下画像)突然のご連絡失礼いたします 夫 有賀啓雄 はかねてより自宅で療養中でしたが 令和5年2月27日 58歳にて永眠いたしました". X(旧Twitter)より2023年3月5日閲覧。
- ^ 本来出演するはずだった木村万作がスケジュールの都合で参加できなかったため。