田久保忠衛

田久保 忠衛(たくぼ ただえ、1933年(昭和8年)2月4日 - )は、日本の外交評論家政治学者(国際政治学、アメリカ外交)。法学博士杏林大学名誉教授。

経歴

千葉県生まれ。家は水戸藩士の家系。1956年早稲田大学第一法学部を卒業後、時事通信社に入社。

1956年-1962年地方部記者(自治庁、大蔵省、農林省担当)、1962年-1963年ハンブルク特派員、1963年-1969年外信部記者、1969年-1970年那覇支局長、1970年-1973年ワシントン支局長、1973年-1974年外信部次長、1974年-1980年外信部長、1979年-1980年ウッドローウィルソン国際問題研究所研究員、論説委員を歴任。1984年から杏林大学社会科学部(現・総合政策学部)で教鞭をとり、1992年から学部長を務める。2003年より同大学客員教授。1994年3月慶應義塾大学より博士(法学)の学位を取得(学位論文「『チャイナ・カード』論の展開とその考察 -ニクソン対中外交を中心として」)。

時事通信在職中から多くの著作で知られた。アメリカ外交の専門家として知られ、リチャード・ニクソンの研究家でもある(著書『戦略家ニクソン』は日本語で著された唯一のニクソンの伝記である)。論壇活動も活発に行なっており、親米保守派の論客として知られる。旧民社党と関係が深く、社会思想研究会に参加しその後も旧民社党の関係団体の政策研究フォーラムの理事や、「民社党と語る会」の幹事、民社人権会議代表幹事を務める。社会思想研究会の後輩には後に産経新聞社長となる住田良能や「新しい歴史教科書を作る会」の理事となる弁護士の高池勝彦がいる。

「北朝鮮に融和的なことを言うと『反日』と言われ、その一方で私は『右翼、右翼』と言われる。自分では右翼と思ったことは一度もなく、東大自由主義者であった河合栄治郎の孫弟子だと自負しているが、日本は近隣諸国と違い言論の自由がある国であり、そのようなレッテルは仕方がないと思っている。逆に日本が自由な民主主義国家で良かったと思っている」と2008年1月21日の国家基本問題研究所による日本外国特派員協会での設立記者会見にて述べている。

正論1997年6月号「沖縄一坪地主の虚構」で沖縄の反在日米軍派に過激派が入り込んでいると主張し、反基地色の強い地元紙『琉球新報』『沖縄タイムス』を批判した。しかし、同記事では中核派の機関紙を革マル派の機関紙と取り違えて引用し、革マル派に抗議され編集者がお詫びしている。

新しい歴史教科書をつくる会」顧問。財団法人ディフェンスリサーチセンター理事、日本財団理事、日本会議代表委員。映画「南京の真実」の賛同者である。

著書

単著

共著

編著

共編著

雑誌記事

正論」などの文芸誌櫻井よしこらジャーナリストとの対談特集が時折組まれるほか、近年「週刊新潮」や「週刊文春」など週刊誌のアジア外交政策関係の記事で、「外交評論家」の肩書(客員教授となってからは杏林大学の役職は無記載)で時事についての意見を述べている。

受賞歴

関連項目