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アンドレア・ボチェッリ

プロフィール編集

生い立ち編集

トスカーナ地方の村、ライヤティコに生まれる。6歳でピアノを始め音楽の道に進むものの、12歳の時にサッカーボールを頭に受け脳内出血を起こしたことで先天性緑内障が悪化して失明する。障害を乗り越えて法学博士号を取得し弁護士として活躍していたが、歌手になる夢は捨てきれずにいた。

デビュー編集

その後、世界的なテノール歌手であるルチアーノ・パヴァロッティとイタリアを代表するロック&ポップス歌手のズッケロ (Zucchero) に見出され1994年にデビューした。

1994年サンレモ音楽祭新人部門で優勝し、イタリアン・ポップス、カンツォーネの曲を収録したアルバムを2枚発表した後、「VIAGGIO ITALIANO」というアリアやナポリターナなどを歌ったアルバムを発売し、ヨーロッパ中で大ヒットとなる。このアルバムは初期2枚からのベスト盤となっているが、ボチェッリのテノール・ボイスが存分に活かされている。

ボチェッリのために作られた「コン・テ・パルティロ」は、後にタイトルと歌詞の一部を英語に改めて「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」としてサラ・ブライトマンとデュエットしたバージョンが発売され、1500万枚以上のセールスを記録した。

現在編集

現在のイタリアを代表するテノール歌手の1人として高く評価されており、2006年に行われたトリノオリンピックの閉会式で「Because We Believe」を歌う他、2007年7月にロンドンで行われたダイアナ妃追悼コンサートでミュージカルオペラ座の怪人」を歌うなど幅広い活動を行っている。2007年9月には、ボチェッリの師匠筋にあたるパヴァロッティのモデナで行われた葬儀でも歌声を披露した。2008年2月10日第50回グラミー賞でパヴァロッティの追悼曲として自身のヒット曲である「The Prayer」をカバーしたジョシュ・グローバンと共に歌い上げた。2009年5月27日UEFAチャンピオンズリーグ決勝の開会セレモニーでは、チャンピオンズリーグアンセムに独自の歌声を乗せ、荘厳な雰囲気を醸し出した。また、2010年4月30日に中国で行われた上海国際博覧会のオープニングセレモニーではパヴァロッティの代名詞ともいえるオペラ「トゥーランドット」のアリア、「誰も寝てはならぬ」を披露し、式を盛り上げた。2018年10月12日に開催された、エリザベス女王の孫でもあるユージェニー王女とジャック・ブックスバンク氏とのロイヤル・ウェディングでその歌声を披露した。式は、ウィンザー城のセント・ジョージ・チャペルで行われ、世界中で何百万人もの人々が視聴、J.S.バッハ(グノー編)による「アヴェ・マリア」、セザール・フランクによる「パニス・アンジェリクス(天使のパン)」の2曲を歌唱した。

日本での活動編集

日本公演編集

外部リンク編集