エンカウンター (駆逐艦)

エンカウンター(1938年)
艦歴
発注
起工 1933年3月15日
進水 1934年3月29日
就役 1934年11月2日
退役
その後 1942年3月1日スンダ海峡にて日本艦隊の攻撃を受け戦没。
除籍
性能諸元
排水量 1,350トン
全長 318 ft 3 in (97.00 m) p/p
329 ft (100 m) o/a
全幅 33 ft 3 in (10.13 m)
吃水 12 ft 6 in (3.81 m)
機関 アドミラルティ・ボイラー3基
パーソンズ式減速タービン、2軸推進、36,000 shp (27,000 kW)
最大速 35.5ノット (40.9 mph; 65.7 km/h)
乗員 145名 (1942年 173名)
兵装 4.7 インチ Mk. IX L/45 (119 mm)単装砲 4門
12.7mm Mark III 四連装機銃 2基
7.7 mm機関銃 5挺
533 mm 四連装魚雷発射管 2基
爆雷60発
爆雷投射機 2基
(1940年)
撤去
・533 mm 四連装魚雷発射管 1基
増備
・3 インチ(76 mm)単装砲 1門
エリコン 20 mm 単装機関砲 2門

エンカウンター (HMS Encounter, H10) は、1934年進水イギリス海軍駆逐艦E級の一艦である。

艦歴編集

就役編集

ホーソン・レスリー社で建造、1933年3月15日に起工、1934年3月29日に進水し同年11月2日に就役した。他の同型艦と共にエンカウンターは第5駆逐群を編成し、本国艦隊に所属した。1939年9月の第二次世界大戦開戦の直前、E級駆逐艦は新造のK級駆逐艦に置き換えられた。

欧州戦線編集

1940年のドイツ軍によるノルウェー侵攻(ヴェーザー演習作戦)時は、本国艦隊艦艇の護衛に当てられた。それが終わると、エンカウンターもジブラルタルへ移された。それから1年以上、たまにイギリス本土とジブラルタル間の船団護衛に従事したほかは地中海で活動した。エンカウンターは1940年11月27日のスパルティヴェント岬沖海戦や、1941年2月のジェノヴァ攻撃に参加した。

対日戦編集

極東で戦争の危機が高まってくると、エンカウンターも巡洋戦艦レパルスなどと共に1941年10月に当時イギリスの植民地支配下にあったシンガポールへと向かい、12月初めに到着した。

戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスが1941年12月10日のマレー沖海戦で日本軍の攻撃によって撃沈された後も、最初はインド洋での船団護衛に従事しそれからアメリカ-イギリス-オランダ-オーストラリア連合部隊(ABDACOM)に加わった。

撃沈編集

エンカウンターは1942年(昭和17年)2月下旬にスラバヤ沖海戦に参加したが、3月1日、スンダ海峡で重巡洋艦エクセター、アメリカの駆逐艦ポープと共に日本艦隊の攻撃を受け撃沈された。まず駆逐艦山風がエクセターの乗組員67名を救助[1]、続いてエンカウンターの生存者約240名が(工藤俊作 (海軍軍人)艦長)に救出され、艦上で救急措置を受けた後にオランダ海軍病院船オプテンノールに引き渡された。

脚注編集

  1. ^ #S1703五戦隊日誌(1)p.30『尚山風ヲシテ敵駆(H10)[(註)後日山風ノ捕虜トセシハ「エクセター」乗員ニシテ5S指令ノH10ノ乗員ナラザリシコト判明セリ]ノ乗員67名(内士官6)ヲ捕虜トセシメタリ』

参考文献編集

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • Ref.C08030043000『昭和17年3月11日~昭和17年5月17日 第5戦隊戦時日誌戦闘詳報(1)』。
    • Ref.C08030043100『昭和17年3月11日~昭和17年5月17日 第5戦隊戦時日誌戦闘詳報(2)』。
  • M. J. Whitley: Destroyers of World War Two, Arms and Armour Press, London 1988 ISBN 0853689105

関連項目編集

外部リンク編集

Chronik Seekrieg 1939-1945