オンコリンクス・ラストロスス

オンコリンクス・ラストロスス[1]Oncorhynchus rastrosus)は、新第三紀に生息していた絶滅したサケの一種。太平洋沿岸に分布しており、主に北米大陸から化石が発見されるほか、日本からも記録が知られる。非常に大きなサイズと牙のように発達したが特徴的であり、以前はその歯の付き方が剣歯虎のものと似ていると考えられたため、剣歯ザケセイバートゥースサーモンと呼ばれていたが、再研究により復元された歯の位置からは、むしろスパイクトゥースサーモンという一般名がより適切であるとされる[2][3]

オンコリンクス・ラストロスス
生息年代: 新第三紀中新世後期 - 新第三紀鮮新世前期12–5 Ma
頭蓋骨
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: サケ目 Salmoniformes
: サケ科 Salmonidae
: サケ属(タイヘイヨウサケ属) Oncorhynchus
: オンコリンクス・ラストロスス Oncorhynchus rastrosus
学名
Oncorhynchus rastrosus

(Cavender & Miller, 1972)

シノニム
  • Smilodonichthys rastrosus
和名
剣歯ザケ
英名
saber-toothed salmon
spike-toothed salmon

発見と名称

編集

本種に属する化石は1917年には部分的なものがカリフォルニア州より発見されていたが、より完全な標本とともに論文に記載されたのは1972年となってからである[4]。記載当初はSmilodonichthysという独自のが与えられており、この属名はこの種と同じように牙が特徴的なネコ科哺乳類スミロドンSmilodon)に基づいている。小名のrastrosusは発達した鰓耙を示す[4]。その後1993年の研究により現生のサケ属に属するとされ、学名はOncorhynchus rastrosusと改められた[5]

旧学名に基づいて、日本語では剣歯ザケと呼ばれる場合もある[2]。英名としてはsaber-toothed salmon(セイバートゥースサーモン[3])が一般的に用いられていたが、後述する歯の位置の解釈の変化により、spike-toothed salmon(スパイクトゥースサーモン[3])という英名を用いる方がより適切であるとされるようになった[6]

分布と生息年代

編集

O. rastrosusの化石は中新世中期-後期(Clarendonian)から鮮新世前期(Hemphillian)の地層より知られる。アメリカにおいてはカリフォルニア州からワシントン州にかけて、海洋域および淡水域の地層の両方よりその化石が発見されている[7]。また、2021年には群馬県安中市の安中層群板鼻層(トートニアン初期)より歯の化石が記載されており、この化石は日本最古のサケ属化石であるとともに、北西太平洋域からの本種の初の確実な化石記録となる[2]

形態

編集
 
メス個体の復元イラスト

O. rastrosusは史上最大のサケ類であり、推定全長はアムールイトウを上回る[6]。原記載では尾びれを除いた体長が190cmに達すると推測されており[4]、1974年には177kgに達するという推測が出された[7]。2016年には体長が2.29m、全長は7.9フィート(約2.4m)、体重は430ポンド(約195kg)に達すると推測された[8]。2024年の研究では全長最大2.7mに達したという記述がされている[6]

顕著な特徴として、上顎に一対の発達した歯を持っていたことが知られる。この歯は記載当時には剣歯虎の牙と同じように下向きに生えていると推測されており、これが英名のsaber-toothed salmonの由来となった。しかし、CTスキャンを含めた化石の再研究は、この歯が実際にはキョンイボイノシシのように、顎に対して横向きに生えていたということを明らかにした[6][7]

現生サケと同じように性的二形が知られ、オスはより長い鋤骨を持ち、メスの鋤骨は腹面が凹んでおり上面が隆起しているなどの違いがあるが、一方で現生サケとは異なり前上顎骨に雌雄の差は見られない[6]

現生サケと比較して、O. rastrosusは非常に長く発達した鰓耙を多数持っていた。これはプランクトンの摂食に適応していたと考えられる[9]

生態

編集

O. rastrosusは現生のサケ類と同じように、海域から河川域に遡上して産卵するという生活史を送っていたと推測されている[7][6]。歯の大きさは成長するにつれて発達し、特に淡水域から発見される成体の化石では特段発達・摩耗していることが確認されている[7][6]。歯が横向きに生えていることや、鰓の構造からプランクトン食性であったことが推測されることから、この歯は捕食に用いられたものではないとされる。そのため、この歯はむしろ外敵からの防御において用いられた可能性がある。繁殖期における競争に用いられた可能性もあるが、現生サケ類は主にオスにおいて顎の形態変化や歯の発達が見られるのに対し、O. rastrosusの歯は雌雄ともに発達しているため、雌雄ともに限られた資源のため他個体と競争していたのかもしれない。また、産卵床の形成において歯を用いたという可能性も指摘されている[6]

関連項目

編集

スミロドン - 旧学名の由来。

参考文献

編集
  1. ^ 【9月29日】令和3年度特別展示「日本最古のサケ属化石」を展示します(自然史博物館) - 報道提供資料 - 群馬県ホームページ(自然史博物館)”. www.pref.gunma.jp. 2024年4月25日閲覧。
  2. ^ a b c 髙桒祐司 (2021). “北西太平洋域の上部中新統(板鼻層)における 大型サケ属化石Oncorhynchus rastrosusの初記録”. 群馬県立自然史博物館研究報告 25: 41-48. https://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin25_3.pdf. 
  3. ^ a b c 巨大古代サケの驚きの顔が明らかに、鼻先から牙が横に突出”. natgeo.nikkeibp.co.jp. 2024年5月1日閲覧。
  4. ^ a b c Cavender, Ted M.; Miller, Robert Rush (1972-03) (英語). Smilodonichthys Rastrosus: A New Pliocene Salmonid Fish from Western United States. https://scholarsbank.uoregon.edu/xmlui/handle/1794/20011. 
  5. ^ Stearley, R. F.; Smith, G. R. (1993-01). “Phylogeny of the Pacific Trouts and Salmons ( Oncorhynchus ) and Genera of the Family Salmonidae” (英語). Transactions of the American Fisheries Society 122 (1): 1–33. doi:10.1577/1548-8659(1993)122<0001:POTPTA>2.3.CO;2. ISSN 0002-8487. http://doi.wiley.com/10.1577/1548-8659(1993)1222.3.CO;2. 
  6. ^ a b c d e f g h Claeson, Kerin M.; Sidlauskas, Brian L.; Troll, Ray; Prescott, Zabrina M.; Davis, Edward B. (2024-04-24). “From sabers to spikes: A newfangled reconstruction of the ancient, giant, sexually dimorphic Pacific salmon, †Oncorhynchus rastrosus (SALMONINAE: SALMONINI)” (英語). PLOS ONE 19 (4): e0300252. doi:10.1371/journal.pone.0300252. ISSN 1932-6203. PMC 11042722. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0300252. 
  7. ^ a b c d e Sankey, Julia; Biewer, Jacob; Basuga, Janus; Palacios, Francisco; Wagner, Hugh; Garber, Dennis (2016-11-14). “The giant, spike-toothed salmon, Oncorhynchus rastrosus and the “Proto-Tuolumne River” (early Pliocene) of Central California” (英語). PaleoBios 33 (0). doi:10.5070/P9331033123. ISSN 0031-0298. https://escholarship.org/uc/item/84g0595b. 
  8. ^ Stearley, R.F. and G.R. Smith. 2016. Salmonid fishes from Mio-Pliocene lake sediments in the Western Snake River Plain and the Great Basin. in W.L. Fink and N. Carpenter (eds.). Fishes of the Mio-Pliocene Western Snake River Plain and Vicinity. Misc. Pub. Museum Zoology, University of Michigan 204:1–45
  9. ^ Eiting, Thomas P.; Smith, Gerald R. (2007-06-19). “Miocene salmon (Oncorhynchus) from Western North America: Gill Raker evolution correlated with plankton productivity in the Eastern Pacific”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 249 (3): 412–424. doi:10.1016/j.palaeo.2007.02.011. ISSN 0031-0182. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031018207000910.