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カレン・ランコムフランス語: Karen Lancaume, 1973年1月19日 - 2005年1月28日)は、フランスポルノ女優1996年から2002年にかけて、40本を超えるポルノ映画に出演した。ヴィルジニー・デポントVirginie Despentes )による原作小説を映画化した『ベーゼ・モア[2]を除いて、出演したポルノ作品はいずれもビデオ映画であった[1]

カレン・ランコム
Karen Lancaume
Karen Lancaume Le Principe de plaisir 2.jpg
カレン・ランコム(1999年)
生誕 Karen Bach[1]
(1973-01-19) 1973年1月19日
フランスの旗 フランス·リヨン
死没 2005年1月28日(2005-01-28)(32歳)
フランスの旗 フランス·パリ
死因 睡眠薬の過剰摂取による自殺
国籍 フランス
別名 Karen Lancome
Karen Lancoume
Karen D.
Caren
Lauren Del Rio
Karen Lancom
Karen Bach[1]
身長 168 cm (5 ft 6 in)[1]
体重 非公開
配偶者 結婚歴あり

2000年には、『ホット・ドール[3]の受賞者の候補にもなり[4][5][6]、『ベーゼ・モア』では主演女優賞を受賞した[4]

本名は、「Karen Bach」(カレン・バックィ)。

2005年自殺

カレン・ランコム(1999年)

生涯編集

1973年リヨン郊外にて、裕福な家庭に生まれた。父はフランス人、母はモロッコ人であった。幼少時代をリヨンの田舎で過ごした。カレンによれば、17歳のときに初めて性的な経験をしたという。大学に入学後は、ナイトクラブで働きながら学費を稼いでいた。学業を終える少し前に、ディスクジョッキーをやっていたフランク・セロンヌと出会い、結婚する。1996年以降、借金返済のため、夫婦でポルノ映画に出演し始める[7]1997年に2人は離婚した。

その後、アメリカ合衆国ヨーロッパ各国の双方で、数多くのポルノ作品に出演し続けた。オーラルセックスアナルセックス、レズ行為、乱交描写、本番行為といった過激な作品にも出演した。

2000年に公開された暴力映画『ベーゼ・モア』にて、ラファフェイラ・アンダーソンとともに主演を果たす(この時は「Karen Bach」名義で出演)。

だが、その後はポルノ作品への出演は減り、2002年以降はポルノを廃業している。

2005年パリにあるアパートにて、元恋人が住んでいた部屋の中で、テマゼパム(睡眠薬)を、アルコールと一緒に大量服用して自殺を遂げた[7]

参考編集

  1. ^ a b c d Personal Bio Karen Lancaume”. IAFD.com. 2019年9月23日閲覧。
  2. ^ 「Baise moi」。英語に直訳すると「Fuck me」。
  3. ^ フランスの業界誌ホット・ビデオが、ポルノ映画に出演した役者の中で、特に優れた者に授与する賞。1992年から2001年まで行われた。
  4. ^ a b 2000 Hot D'or Nominations Are In”. AVN.com (2000年3月24日). 2007年10月2日閲覧。
  5. ^ Karen Bach” (Italian). www.ecologiasociale.org. 2009年12月9日閲覧。
  6. ^ « Karen Lancaume » (consulté le 15 juillet 2010)
  7. ^ a b Antoine de Baecque. “Le geste ultime de Karen Bach - Libération” (French). Libération. 2009年12月9日閲覧。

外部リンク編集