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クライミー・フィッシャー

クライミー・フィッシャー (Climie Fisher) は、イギリスポップデュオボーカリストサイモン・クライミーキーボーディストロブ・フィッシャー1986年に結成された。

クライミー・フィッシャー
Climie Fisher
Climie-fisher2.jpg
ロブ・フィッシャー(左)、サイモン・クライミー(1988年、スイスモントルーにて撮影)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル ポップ
ポップ・ロック
ブルー・アイド・ソウル
活動期間 1986年 - 1990年
レーベル EMIキャピトル・レコード
共同作業者 ネイキッド・アイズ
メンバー サイモン・クライミー(ボーカル
ロブ・フィッシャー(キーボード

略歴編集

ロジャー・ダルトリーや元ABBAフリーダ等に楽曲提供していたソングライターのクライミーと、元ネイキッド・アイズのフィッシャーの2人がアビー・ロード・スタジオでのセッションで出会い、クライミー・フィッシャーを結成する。

1986年にデビュー・シングル「This Is Me」を発表し、続いて1987年に2ndシングル「ラヴ・チェンジズ」を発表。同年に1stアルバム『エヴリシング』をリリース。全英14位を記録し南アフリカでは1位を獲得した。日本でも収録曲がテレビCMに使われていたこともあり話題を呼んだ。ヒップホップ調にリミックスされた「ぼくからのラヴ・ソング」はイギリスで10位を記録し、南アフリカで再び1位を記録。このヒットを受けて「ラヴ・チェンジズ」をリミックスして再発し、オリジナルリリース時の全英67位から2位に食い込み、世界各国でチャートインを果たした。最後のヒット曲となったのは、1989年リリースの「愛は河の流れ」(イギリスで22位等)だった。同年発売のセカンド・アルバム『カミング・イン・フォー・ザ・キル』はアメリカでのヒット意識したような作風と評され、全英35位と前作から沈んだ。それを受け、1990年に解散した。

解散後、クライミーはソロとなって1992年にアルバム『ソウル・インスピレーション』をリリース。商業的に失敗に終わるものの、後にプロデューサーに転向し、エリック・クラプトンSMAP等のプロデュースを担当して活躍することになる。アレサ・フランクリンジョージ・マイケルとのデュエットで大ヒットした「愛のおとずれ/I Knew You Were Waiting (For Me)」は作曲提供し、全米1位。

フィッシャーはリック・アストリーに楽曲提供するなど、ソングライターとしてのキャリアに向かったが、1999年大腸癌により逝去。享年42歳。

メンバー編集

ディスコグラフィ編集

スタジオ・アルバム編集

コンピレーション・アルバム編集

  • Keep It Special (1988年) ※EP
  • Twice as Much (1992年)
  • The Best of Climie Fisher (1996年)
  • Premium Gold Collection (2000年)

シングル編集

  • "This Is Me" (1986年)
  • 「ラヴ・チェンジズ」 - "Love Changes (Everything)" (1987年) ※スズキ・カルタスCM曲
  • 「ミステリー・アライヴ」 - "Keeping the Mystery Alive" (1987年)
  • 「ぼくからのラヴ・ソング」 - "Rise to the Occasion" (1987年) ※東芝VHS-C・ムービーCM曲
  • 「ラヴ・チェンジズ(リミックス)」 - "Love Changes (Everything) (remix)" (1988年)
  • 「THIS IS ME」 - "This Is Me" (1988年) ※再発売
  • 「アイ・ウォント・ブリード・フォー・ユー」 - "I Won't Bleed For You" (1988年)
  • 「愛は河の流れ」 - "Love Like a River" (1988年)
  • 「ファクツ・オブ・ラヴ」 - "Facts of Love" (1989年)
  • 「ファイアー・オン・ジ・オーシャン」 - "Fire on the Ocean" (1989年)
  • 「イッツ・ノット・サポーズド・トゥ・ビー・ザット・ウェイ」 - "It's Not Supposed to Be That Way" (1990年)

関連項目編集

外部リンク編集