シャープ・ホークス

シャープ・ホークス(Sharp Hawks)は、1963年に結成されたグループ・サウンズのバンド(コーラスグループ)。1969年に解散。

シャープ・ホークス
SharpHawks.jpg
基本情報
別名 安岡力也とシャープ・ホークス
出身地 日本の旗 日本
ジャンル グループ・サウンズ
活動期間 1963年 - 1969年
レーベル キング・レコード
メンバー 安岡力也
福山元一郎
津島啓人
川島信一
麻紀タケシ
旧メンバー 本文参照

メンバー編集

シャープ・ホークス編集

ザ・シャープ・ホークス編集

安岡力也とシャープ・ホークス編集

概要編集

歌って踊れる異色の混血グループとして1963年3月、野沢裕二、安岡力也、鈴木忠男、山岡健二、加古幸子(のちのサリー・メイ)の5人で結成。初舞台は同年5月の日劇ウエスタンカーニバル。そのグループ名の由来は所属事務所である東京第一プロダクション(現:第一プログループ)社長の岸部清より「鷹のように鋭く歌え!」との言葉から。

幾度かのメンバーチェンジの後、5人組のバックバンドが加わり一時期は10人の大所帯となるが、1965年にバックバンドは井上宗孝とシャープ・ファイブとして独立。野沢、安岡、鈴木、小山の4人でキング・レコードより1966年9月にデビュー。1967年春に小山が脱退、代わりに大阪のバンド「チェックメイツ」[1]からアメリカニュージャージー州生まれの兵庫県尼崎市育ちで甲子園への出場経験がある柴治美(ジミー・レノン)が参加。12月のシャープ・ファイブのレコード会社移籍に伴い契約問題からバッキング演奏が不可能となり、1968年にバンド形態のザ・シャープ・ホークスへと再編するも1969年に解散した。

その後、安岡ひとりを残して新生シャープ・ホークスとして再スタートするがシングル一枚のみで解散した。

なお、ジミー・レノンはグループ解散後1969年秋よりファッションモデルへ転向、人気を得て1980年代半ばまで第一線で活動後、モデルクラブフェイセス・ギルド」を設立。

小山真佐夫はバンド脱退後、ソロ歌手に転向。「アンディ」名義で活動を始めた。アイ・ジョージとともに国内や海外でライブツアーを積極的に行う。1982年、東京音楽祭で新人奨励賞受賞。1983年にはアニメ『機甲創世記モスピーダ』の主題歌を歌い、当時のアニメ雑誌(アニメディア、ジ・アニメなど)で行われた人気主題歌ランキングでも上位に食い込んだ。その後「アンディ小山」と名義を変更し、歌手活動を続ける傍らボーカルスクールで講師を務め後進を指導している。現在は岩手県を拠点に活動をしている[1]

ディスコグラフィー編集

シングル編集

  • ついておいで/キュン!キュン!キュン!(1966年9月1日)
  • 遠い渚/いつものところで(1966年12月1日)
  • 若い夜/愛の土曜日(1967年4月1日)
  • 海へかえろう/星のカーニヴァル(1967年8月1日)
  • レット・ミー・ゴー!/ロンリー・ラヴ(1967年12月20日)
  • オーケイ!/テル・ミー(1968年1月20日)
  • ジーザス!/スオミの乙女(1968年8月1日)ザ・シャープ・ホークス
  • この胸に十字架を/愛の砂丘(1969年4月1日)安岡力也とシャープ・ホークス

アルバム編集

  • ゴー!ゴー!シャープ・ホークス!(1968年1月20日)

オムニバス編集

  • レッツ・ゴー・ビート・キャラバン!(1967年8月10日)「遠い渚」「若い夜」の別バージョン収録。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 同バンドにはジョニー吉長も在籍していた。熱狂GS図鑑 黒沢進著 徳間書店 1986年1月刊 182頁。