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経歴編集

ペンシルベニア州ユニオンタウン (Uniontown) でスコッチ・アイリッシュの家系に生まれる。父ウッダ・ニコラス・カーは弁護士で下院議員や郵便局長も務めた。

1921年にハイスクールの学内誌に発表した推理小説が最初の創作である。ハバフォード大学に進学後も、学生雑誌に歴史小説やアンリ・バンコランの登場する推理小説を発表する。数学の単位が取れず2年で中退するとパリに遊学した。帰国後、同人誌に発表した中編『グラン・ギニョール』(Grand Guignol 1929年)を長編化した『夜歩く』(1930年)が評判となり、専業作家への道が開けた。同作はその年のうちに日本語訳が刊行されている[1]1932年にイギリス人クラリス・クリーヴスと結婚してブリストルに居を構えてのち、代表作の多くを滞英中に書いた。ただし、ほとんどの作品がイギリスを舞台にしていたため、しばしば米語が巧みなイギリス人と誤解され、名鑑などでも帰化と記載されたことがある。

1933年には、より多くの作品と印税収入を得るべく、ペンネームで『夜歩く』や『魔女の隠れ家』(1933年)に似たトリックの『弓弦城殺人事件』を発表した。その際出版社が本人に無断でカー・ディクスン (Carr Dickson) の名義で刊行しトラブルとなる。以後ペンネームはカーター・ディクスンとしたが、1934年にはロジャー・フェアベーン (Roger Fairbairn) 名義でも1作品を発表している。 ディクスンの素性は1956年まで公言されず、フェアベーンがカーであることも生前には明かされなかった。

1936年にドロシー・L・セイヤーズアントニー・バークリーの推挙により、アメリカ人として初めてイギリスの推理作家団体であるディテクションクラブに招聘され、多くの作家と親交を深めた。第二次世界大戦勃発時に一時帰国したが、BBCの要請で再び渡英し、ラジオドラマ[2]やプロパガンダ放送などを手がけた。後年の短編集にもその一部が収められている。この時期アーサー・コナン・ドイルの次男エイドリアンの依頼で評伝を執筆し、シャーロック・ホームズのパスティーシュを合作した。

戦争中に爆撃で家を失い、戦後も物不足できびしい生活が続いたため、1947年ニューヨーク州ママロネックに移住する。エラリー・クイーンクレイトン・ロースンらと交友を深め、ロースンとは同一設定を用いた作品を競作している。その後タンジールや三たびイギリスでも暮らしたのち、サウスカロライナ州のグリーンヴィルに定住した。晩年は『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』への月評をおもな仕事とし、1977年にガンで亡くなった。

1950年に評伝『コナン・ドイル』によりMWA賞特別賞、1963年にそれまでの業績によりMWA賞巨匠賞、1969年に『火よ、燃えろ!』の仏訳でフランス推理小説大賞の外国作品賞、1970年には40年にわたる作家活動によりMWA賞特別賞をそれぞれ受賞した。

孫娘の1人はシェリー・ディクスン・カー (Shelly Dickson Carr) というペンネームで2013年にヤングアダルト向け推理小説『Ripped』を発表。扶桑社文庫から『ザ・リッパー―切り裂きジャックの秘密』という題名で刊行されている。

作風編集

「密室派 (Locked Room School) の総帥」「密室の王者」の異名を持つ。

チェスタトンやポーM・R・ジェイムズの愛読者であったため、初期作品は知る人もないような小道具や超自然をにおわす事物をちりばめた舞台にグロテスクな登場人物を配し、起こる事件は人間には不可能としか見えず、真相は錯綜した設定の上にかろうじて成り立っている。時に冒険小説やファースの手法も取り入れられた。伏線が巧みであり、解決が説得力に乏しい場合も、読者の理解を超えるという事態はほとんどない。一方、第三者の介在や偶然が多すぎる、行動の動機が薄弱で不合理に陥る、トリッキーに過ぎてアンフェアを招く、筆致が泥臭い、登場人物が代わり映えしない、などの欠陥も指摘されている。

1940年代は怪奇趣味が薄れ、人間関係に注意が払われた状況のもとで、シンプルなトリックに支えられた作品が増える。サスペンス小説の趣向も見られる。第二次世界大戦後は、デュマスティーヴンソンの愛読者でもあったその作品は、同時代への嫌悪と過去への憧れを反映して、時代ミステリが中心となる。1970年代以降に隆盛をみるこのジャンルの先駆者のひとりである。綿密な時代考証と風俗描写が特徴で、全作巻末に「好事家のためのノート」と題された注釈が付されている。1951年刊行の時代物第二作『ビロードの悪魔』はミステリやSFの要素(タイムスリップ)を含むチャンバラ小説で、カーの初刊本で最大の部数を販売した。

「総帥」「王者」の面目は実作だけでなく、『三つの棺』の第17章「密室の講義」は、密室トリックを分類したエッセイとしても評価されている。パロディパスティーシュの対象になることも多い。例えばウィリアム・ブリテン『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』の主人公は、カーの作品を読みつくしたあげく密室殺人を企む。ドナルド・E・ウェストレイク『二役は大変!』の主人公は、高校時代に読んだ『三つの棺』のトリックを、本家とは違ってリハーサルを重ねたのち実演し窮地を脱する。スティーヴ・キャレラは、『殺意の楔』で密室殺人に遭遇し「カーに問い合わせようか」と独白する。日本では生誕百周年を記念して書下ろしアンソロジー『密室と奇蹟』が東京創元社から刊行された。

探偵役編集

学生時代に書かれた短編と最初の4つの長編ではパリの予審判事アンリ・バンコランが活躍する。その冷笑的な性格は人気を得られず、のちにはカー自身もリアリティを感じられなくなった。続いて登場した2人の肥満したイギリス人、『魔女の隠れ家』でデビューしたギデオン・フェル博士と、『黒死荘の殺人』で登場したヘンリー・メリヴェール卿(通称H・M)は人気を得て多くの作品に登場した。ディクスン名義の短編にはロンドン警視庁D3課長マーチ大佐のシリーズもある。フェル博士はG・K・チェスタトンが、H・Mはウィンストン・チャーチルがモデルといわれ、カバー絵も彼らを模している[3]。しかし、H・Mのモデルは、カーの父親とする説と子供の頃に知っていた地方議員との説もある。マーチ大佐は『エレヴェーター殺人事件』を共作した推理作家ジョン・ロード (John Rhode) がモデルである。

作品リスト編集

注記がないものは本名で刊行。原題は米国版。『』は最新の日本語版。()内は著しく異なる過去の訳題。

長編編集

アンリ・バンコランもの編集

  • 1930年 It Walks by Night 『夜歩く』
  • 1931年 The Lost Gallows 『絞首台の謎』
  • 1931年 Castle Skull 『髑髏城』
  • 1932年 The Corpse in the Waxworks 『蝋人形館の殺人』
  • 1937年 The Four False Weapons 『四つの兇器』

ギデオン・フェル博士もの編集

  • 1933年 Hag's Nook魔女の隠れ家
  • 1933年 The Mad Hatter Mystery帽子収集狂事件
  • 1934年 The Eight of Swords剣の八
  • 1934年 The Blind Barber盲目の理髪師(ビクトリア号怪事件)』
  • 1935年 Death-Watch 『死時計』
  • 1935年 The Three Coffins三つの棺(魔棺殺人事件)』
  • 1936年 The Arabian Nights Murder 『アラビアンナイトの殺人』
  • 1938年 To Wake the Dead死者はよみがえる(死人を起こす)(二つの腕輪)』
  • 1938年 The Crooked Hinge曲がった蝶番(動く人形のなぞ)』
  • 1939年 The Problem of the Green Capsule緑のカプセルの謎
  • 1939年 The Problem of the Wire Cage 『テニスコートの殺人(足跡のない殺人)』
  • 1940年 The Man Who Could Not Shudder 『震えない男(幽霊屋敷)』
  • 1941年 The Case of the Constant Suicides 『連続殺人事件』
  • 1941年 Death Turns the Table 『猫と鼠の殺人(嘲るものの座)』
  • 1944年 Till Death Do Us Part 『死が二人をわかつまで(毒殺魔)』
  • 1946年 He Who Whispers 『囁く影』
  • 1947年 The Sleeping Sphinx 『眠れるスフィンクス』
  • 1949年 Below Suspicion 『疑惑の影』
  • 1958年 The Dead Man's Knock 『死者のノック』
  • 1960年 In Spite of Thunder 『雷鳴の中でも』
  • 1965年 The House at Satan's Elbow悪魔のひじの家
  • 1966年 Panic in Box C仮面劇場の殺人
  • 1967年 Dark of the Moon月明かりの闇

ヘンリー・メリヴェール卿もの(カーター・ディクスン名義)編集

  • 1934年 The Plague Court Murders黒死荘の殺人(プレーグ・コートの殺人)』
  • 1934年 The White Priory Murders白い僧院の殺人
  • 1935年 The Red Widow Murders 『赤後家の殺人』
  • 1935年 The Unicorn Murders一角獣の殺人
  • 1936年 The Magic Lantern Murders (英国版題名)『パンチとジュディ
  • 1937年 The Peacock Feather Murders 『孔雀の羽根』
  • 1938年 The Judas Windowユダの窓
  • 1938年 Death in Five Boxes 『五つの箱の死』
  • 1939年 The Reader is Warned 『読者よ欺かるるなかれ(予言殺人事件)』
  • 1940年 And So to Murderかくして殺人へ
  • 1940年 Nine-and Death Makes Ten 『九人と死で十人だ』
  • 1941年 Seeing is Believing 『殺人者と恐喝者(この目で見たんだ)』
  • 1942年 The Gilded Man 『仮面荘の怪事件(メッキの神像)』
  • 1943年 She Died a Lady貴婦人として死す
  • 1944年 He Wouldn't Kill Patience 『爬虫類館の殺人(彼が蛇を殺すはずはない)』
  • 1945年 The Curse of the Bronze Lamp青銅ランプの呪
  • 1946年 My Late Wives 『青ひげの花嫁(別れた妻たち)』
  • 1948年 The Skeleton in the Clock 『時計の中の骸骨』
  • 1949年 A Graveyard to Let 『墓場貸します』
  • 1950年 Night at the Mocking Widow魔女が笑う夜(わらう後家)』
  • 1952年 Behind the Crimson Blind 『赤い鎧戸のかげで』
  • 1953年 The Cavalier's Cup騎士の盃

歴史ミステリ編集

  • 1934年 Devil Kinsmere (ロジャー・フェアベーン名義)
  • 1936年 The Murder of Sir Edmund Godfrey 『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』
  • 1950年 The Bride of Newgate 『ニューゲイトの花嫁』
  • 1951年 The Devil in Velvet 『ビロードの悪魔』
  • 1955年 Captain Cut-Throat 『喉切り隊長』
  • 1956年 Fear Is the Same 『恐怖は同じ』 (カーター・ディクスン名義)
  • 1957年 Fire, Burn! 『火よ燃えろ!』
  • 1959年 Scandal at High Chimneys 『ハイチムニー荘の醜聞』
  • 1961年 The Witch of the Low-Tide 『引き潮の魔女』
  • 1962年 The Demoniacs 『ロンドン橋が落ちる』
  • 1964年 Most Secret深夜の密使Devil Kinsmere の改訂版。
  • 1968年 Papa Là-Bas 『ヴードゥーの悪魔』
  • 1969年 The Ghosts' High Noon 『亡霊たちの真昼』
  • 1971年 Deadly Hall 『死の館の謎』
  • 1972年 The Hungry Goblin血に飢えた悪鬼

ノン・シリーズ編集

  • 1932年 Poison in Jest 『毒のたわむれ』
  • 1934年 The Bowstring Murders弓弦城殺人事件(黒い密室)』 (米国版初版と1989年刊行のペーパーバックはカー・ディクスン名義、他はカーター・ディクスン名義)
  • 1937年 The Burning Court火刑法廷
  • 1937年 The Third Bullet 『第三の銃弾』 (カーター・ディクスン名義)
  • 1942年 The Emperor's Snuff-Box皇帝のかぎ煙草入れ
  • 1952年 The Nine Wrong Answers 『九つの答』
  • 1956年 Patrick Butler for the Defence 『バトラー弁護に立つ』

合作長編編集

  • 1939年 Fatal Descent 『エレヴェーター殺人事件』ジョン・ロードとカーター・ディクスン名義で合作。

連作編集

  • 1953年 Crime on the Coast 『殺意の海辺』

短編集編集

  • 1940年 The Department of Queer Complaints (カーター・ディクスン名義)『カー短編全集1/不可能犯罪捜査課』
  • 1947年 Dr.Fell, Detective and Other Stories
  • 1954年 The Third Bullet and Other Stories
  • 1963年 The Men Who Explained Miracles

以上3冊は日本では『カー短編全集2/妖魔の森の家』『カー短編全集3/パリから来た紳士』の2冊に編集されている。

  • 1980年 The Door to Doom and Other Detections 『カー短編全集4/幽霊射手』『カー短編全集5/黒い塔の恐怖』
  • 1999年 『グラン・ギニョール』 - 日本で独自に編集。

合作短編集編集

  • 1954年 The Exploits of Sherlock Holmes 『シャーロック・ホームズの功績』 エイドリアン・コナン・ドイルとの合作。

ラジオ・ドラマ集編集

  • 1983年 The Dead Sleep Lightly 『カー短編全集6/ヴァンパイアの塔』
  • 1994年 Speak of the Devil 『幻を追う男』

戯曲集編集

  • 2008年 13 to the Gallows ヴァル・ギールグッドとの合作を含む。

評伝編集

  • 1949年 The Life of Sir Arthur Conan Doyle 『コナン・ドイル』

文献編集

  • ダグラス・G・グリーン『ジョン・ディクスン・カー<奇蹟を解く男>』森英俊, 西村真裕美, 高田朔訳、国書刊行会、1996年11月。ISBN 978-4336038845
  • S・T・ジョシ『ジョン・ディクスン・カーの世界』平野義久訳、創英社/三省堂書店、2005年8月。ISBN 978-4881422649

脚注編集

  1. ^ 内山賢次訳で天人社から刊行された。ヨーロッパ諸国語への翻訳は翌1931年に出た『夜歩く』の独訳Geheimnis um Salignyが嚆矢とされる。
  2. ^ その1編は邦訳され、『プールの中の竜』という題名で放送された。
  3. ^ 世界推理小説大系第10巻(講談社、1972年)の山藤章二描くH・Mはその一例である。