ジョー・アドコック

アメリカ合衆国の野球選手 (1927-1999)

ジョー・アドコックJoseph Wilbur Adcock:ヨゼフ・ウィルバー・アドコック 1927年10月30日 - 1999年5月3日)は、メジャーリーグベースボールの右投右打の一塁手アメリカ合衆国ルイジアナ州コーシャッタ出身。

ジョー・アドコック
Joe Adcock
ミルウォーキー・ブレーブス時代
(1954年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ルイジアナ州
生年月日 1927年10月30日
没年月日 (1999-05-03) 1999年5月3日(71歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1947年
初出場 1950年4月23日
最終出場 1966年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴
  • クリーブランド・インディアンス(1967)

経歴

編集

1947年に、アマチュア選手からフリーエージェントシンシナティ・レッズと契約。プロ3年目となる1950年にメジャーデビューを果たした。1年目から102試合に出場、打率.293を記録した。

1953年2月16日、大型トレードでミルウォーキー・ブレーブスに移籍(トレードの内訳:ブレーブスが、レッズに金銭を譲渡、フィラデルフィア・フィリーズアル・トージソン一塁手を放出。ブルックリン・ドジャースが、ジム・ペンドルトン外野手をブレーブスに放出、レッズにロッキー・ブリッジーズ遊撃手を放出。フィリーズが、金銭をブレーブスに譲渡、ドジャースにラス・メイヤー投手を放出)。1954年7月31日の試合では1試合4本塁打+1二塁打を記録。2002年ショーン・グリーンが19塁打で記録を更新するまで、1試合18塁打というメジャー記録保持者だった。ブレーブスに10年間在籍し、35本塁打以上と100打点以上を、それぞれ2度ずつ記録した。

1957年6月4日のニューヨーク・ジャイアンツ戦にて、1回表にピート・バーンサイドから右中間に本塁打を放っているが、これは歴史上1948年の当時ニグロ・リーグホームステッド・グレイズに所属していたルーク・イースターに次いで二人目の、そしてメジャーリーグ・ベースボールでは史上初のポロ・グラウンズの深いセンタースタンドに叩き込んだ本塁打である。

1962年11月27日、トレードでクリーブランド・インディアンスに移籍(トレードの内訳:ブレーブスが、アドコックと共にジャック・カーティス投手をインディアンスに放出。後日指名でドン・ディラード外野手フランク・ファンク投手がインディアンスに移籍。インディアンスが、1963年3月18日にタイ・クライン外野手をブレーブスに放出)。しかし、1年間のプレイで思ったような成績は残せなかった。

1963年12月6日、トレードでロサンゼルス・エンゼルスに移籍(トレードの内訳:12月2日にインディアンスが、バリー・ラットマン投手をエンゼルスに放出、後日指名で6日にアドコックが移籍。エンゼルスが、レオン・ワグナー外野手をインディアンスに放出)。

エンゼルス移籍後は、悪くない働きを見せていたが、1966年10月18日にエンゼルスを解雇された。それ以降はどのチームとも契約せず、結果的に1966年10月1日の試合が自身最後の試合となった。

1999年5月3日、自身の生まれ故郷であるルイジアナ州コーシャッタで永眠。

詳細情報

編集

年度別打撃成績

編集
















































O
P
S
1950 CIN 102 398 372 46 109 16 1 8 151 55 2 -- 3 -- 24 -- 0 24 12 .293 .336 .406 .742
1951 113 422 395 40 96 16 4 10 150 47 1 2 2 -- 24 -- 1 29 25 .243 .288 .380 .668
1952 117 403 378 43 105 22 4 13 174 52 1 4 1 -- 23 -- 1 38 10 .278 .321 .460 .781
1953 MLN 157 640 590 71 168 33 6 18 267 80 3 2 6 -- 42 -- 2 82 22 .285 .334 .453 .787
1954 133 562 500 73 154 27 5 23 260 87 1 4 11 4 44 -- 3 58 7 .308 .365 .520 .885
1955 84 324 288 40 76 14 0 15 135 45 0 2 2 1 31 3 2 44 13 .264 .339 .469 .807
1956 137 500 454 76 132 23 1 38 271 103 1 0 11 2 32 6 1 86 11 .291 .337 .597 .934
1957 65 231 209 31 60 13 2 12 113 38 0 0 0 1 20 3 1 51 7 .287 .351 .541 .891
1958 105 349 320 40 88 15 1 19 162 54 0 0 2 5 21 1 1 63 14 .275 .317 .506 .823
1959 115 444 404 53 118 19 2 25 216 76 0 0 2 6 32 6 0 77 8 .292 .339 .535 .874
1960 138 570 514 55 153 21 4 25 257 91 2 2 5 4 46 7 1 86 13 .298 .354 .500 .854
1961 152 629 562 77 160 20 0 35 285 108 2 1 4 2 59 4 2 94 22 .285 .354 .507 .861
1962 121 447 391 48 97 12 1 29 198 78 2 0 2 3 50 8 1 91 18 .248 .333 .506 .839
1963 CLE 97 317 283 28 71 7 1 13 119 49 1 2 1 3 30 4 0 53 7 .251 .320 .420 .740
1964 LAA
CAL
118 415 366 39 98 13 0 21 174 64 0 2 0 1 48 4 0 61 13 .268 .352 .475 .827
1965 122 386 349 30 84 14 0 14 140 47 2 2 0 0 37 3 1 74 10 .241 .315 .401 .716
1966 83 265 231 33 63 10 3 18 133 48 2 2 0 3 31 6 0 48 11 .273 .355 .576 .930
MLB:17年 1959 7302 6606 823 1832 295 35 336 3205 1122 20 *25 52 *35 594 *55 17 1059 223 .277 .337 .485 .822
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は、不明年度がある事を示す
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • LAA(ロサンゼルス・エンゼルス)は、1965年からCAL(カリフォルニア・エンゼルス)に球団名を変更

年度別守備成績

編集


一塁(1B) 左翼(LF) 右翼(RF)




































1950 CIN 24 169 11 2 13 .989 75 174 6 6 3 .968 1 1 0 0 0 1.000
1951 - 106 220 7 4 2 .983 -
1952 17 117 3 0 7 1.000 87 193 5 3 1 .985 -
1953 MLN 157 1389 96 13 146 .991 - -
1954 133 1229 67 6 125 .995 - -
1955 78 725 44 8 68 .990 - -
1956 129 1086 75 6 109 .995 - -
1957 56 477 30 2 60 .996 - -
1958 71 525 36 6 55 .989 24 40 1 1 0 .976 -
1959 89 761 80 2 67 .998 21 44 1 5 0 .900 -
1960 136 1229 104 9 105 .993 - -
1961 148 1471 102 11 133 .993 - -
1962 112 907 57 3 72 .997 - -
1963 CLE 78 608 36 3 46 .995 - -
1964 LAA
CAL
105 959 54 7 94 .993 - -
1965 97 789 45 3 68 .996 - -
1966 71 565 39 2 60 .997 - -
MLB 1501 13006 879 83 1228 .994 313 671 20 19 6 .973 1 1 0 0 0 1.000
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・記録

編集
  • オールスターゲーム出場1回(1960年)

外部リンク

編集