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マセラティ・クアトロポルテの左座席側ドアミラー

ドアミラー(door mirror)とは、自動車の後写鏡(バックミラー)の一種。車両の前席ドア外側に装着して運転手が側方、後方の確認に使用する。英語ではフェンダーミラーを含めてウイングミラー(wing mirror)とも呼ばれる。

目次

概要編集

 
車内から見た右側ドアミラー

同じ車外後写鏡(サイドミラー)であるフェンダーミラーと比較すると、距離感覚が掴みやすい、手動式でも車内から簡単に角度を調整できるといった利点があり、世界的に主流となっている。その半面死角が増えて巻き込み事故を起こしやすくなる、視線を動かす量が増えて安全性に劣るともされており、日本では1983年までドアミラー車の登録が認められていなかった(#日本参照)。

一般的に自動車で最も幅を取る部分であり、駐車時などに折り畳める構造を持つ格納式ドアミラーが多い。方向指示器を備えるものもある。また日本などでは、歩行者への衝突時に衝撃を緩和する構造である事が義務付けられている[1]

歴史編集

 
第二次世界大戦時のフォルクスワーゲン Typ 82E。運転席側の窓枠にのみドアミラーが取り付けられている。

自動車が密閉式の構造となると、それ以前の様に後写鏡を風防に取り付ける事ができなくなり、代わりにフェンダーやドアに取り付けられる様になった。

 
ドアミラーを格納した日産・ローレルC32

1984年昭和59年)に発売された日産・ローレルで、運転席からのスイッチで格納するドアミラーが搭載された。以後世界的に電動格納式ドアミラーが広まり、ドアロックやエンジンスイッチとも連動する様になる。

日本編集

1950年代の日本では、日産・オースチンA40サマーセットいすゞ・ヒルマンミンクスといった、当時フェンダーミラーが主流だったイギリス車がノックダウン生産されていた。

サイドミラー装着が義務付けられた1951年以降もサイドミラーの取り付け位置に関する法的規制は無かったが、運輸省自動車局は、フェンダーミラーよりも危険であるとして、ドアミラー車を型式認定車検で許可しなくなり[2]、日本で販売される乗用車は全てがフェンダーミラー車となった。一方でドアミラー自体は禁じておらず、フェンダーミラー車にドアミラーを追加する事は問題とされなかった[3]

運輸省のドアミラー不認可はフェンダーミラー車を製造しない外国から非関税障壁と非難され[4]、1977年頃から輸入車のみドアミラーが認められる様になる[5]

いすゞは1981年にピアッツァを発売する際、ドアミラーでの型式認定を運輸省と交渉するが、行政指導を受けてフェンダーミラーへ変更させられている[6]

輸入車のみへの優遇措置に国内から批判が高まり、1983年3月18日に運輸省自動車局は各陸運支局に対し「車体外後写鏡の取付位置について」(自車第186号)を通達[7]。「交通状況を確認できる後写鏡」は右側後写鏡は車両中心面となす角度が55度以下であること、左側後写鏡は車両中心面となす角度が75度以下であることとし(右ハンドル車の場合。左ハンドル車は逆)、この通達を以ってドアミラー車が解禁された[8]

1983年5月、日産・パルサーエクサのドアミラー仕様車が発売され、規制撤廃後の日本製ドアミラー車第一号となった。同月にはいすゞ・ピアッツァのドアミラー仕様車も登場している。ドアミラーはデザイン性も支持され、以後は日本車も殆どがドアミラー車となった[4]

脚注編集

  1. ^ 道路運送車両法の保安基準 第四十四条の3
  2. ^ 毎日新聞 1983.03.19朝刊 p.22
  3. ^ 日本経済新聞 1983.08.27朝刊 p.8
  4. ^ a b 原川真太郎 (2011年3月6日). “フェンダーミラー車はどこへ? 優れた安全性も「絶滅寸前」に”. msn産経ニュース. 産業経済新聞社 (マイクロソフト). https://web.archive.org/web/20110309073435/http://sankei.jp.msn.com/life/news/110306/trd11030618010011-n1.htm 
  5. ^ 読売新聞 1983.11.11朝刊 p.8
  6. ^ 朝日新聞 1982.06.27朝刊 p.9
  7. ^ 運輸省自動車局/監修『自動車整備関係法令と解説 58年度版』(日本自動車整備振興会連合会、1983年)p.719 - 通達の全文が掲載されている。
  8. ^ 朝日新聞 1988.05.26朝刊 p.20

関連項目編集

バックミラー
補助確認装置
運転支援システム