ナットウキナーゼ

ナットウキナーゼ(nattokinase)は、納豆に含有される酵素タンパク質の一種である。線維素(血栓の主成分フィブリン)溶解作用がある[2]須見洋行[3]らにより[4][5]1980年に発見、命名された[6][7]。以前の呼び方はサブチリシンNAT(Subtilisin NAT)[8]。ナットウキナーゼは、枯草菌の亜種であるBacillus subtilis natto納豆菌)が体外に分泌する酵素である[9]大豆を発酵させる納豆の生産過程で産生される。

枯草菌 Bacillus subtilis natto のナットウキナーゼの結晶構造。PDB 4dww[1]

血栓の予防効果があることで知られ[10]、経口摂取しても血栓溶解能が維持される事が報告されている[11]

ただし、経口投与したナットウキナーゼが消化管から吸収されて血液中で作用を発揮している、という明確な根拠は未だない[12]タンパク質であるナットウキナーゼは、胃腸の消化酵素でアミノ酸ペプチドに分解され、分解を免れたものも分子が大きすぎて、そのままでは腸から血液に吸収されない。 ナットウキナーゼは、ある程度の大きさのペプチドに分解され、その中に血栓溶解活性をもつペプチドがあるのでは、と考えられている。腸の細胞の中に取り込まれるメカニズムは、まだ完全にはわかっていない[13][14]

臨床研究のナットウキナーゼは、胃酸で分解されないよう腸溶カプセルを用いている[4][11][15]。また摂取量2,000 FUは市販の納豆2パック分に相当し、血液凝固因子を活性化するビタミンKも除去されている[13][16]

名称編集

ナットウキナーゼという名称は、納豆菌 (natto-kin) に酵素を表わす接尾辞 -aseをつけたもの。キナーゼ(kinase、リン酸化酵素)ではなく、サブチリシンファミリーのセリンプロテアーゼである。

以前、サブチリシンNATと呼ばれていた[8]

構造と基本的な性質編集

ナットウキナーゼは275のアミノ酸残基から構成されており、分子量は27,728[17]、または27,724[9]とされる。ポリペプチド構造で、S-S結合はない[9]。構造的にはサブチリシンE(ズブチリシン)に近く、99.5%の相同性がある[2]

サブチリシンと似ておりセリンプロテアーゼの活性がある[2]。試験管内では線維素(フィブリン)を分解し、ラットを使った実験ではプラスミンの4倍の血栓溶解作用がある[18]

枯草菌の亜種であるBacillus subtilis nattoが産生するが、単なる枯草菌Bacillus subtilisではナットウキナーゼはない[9]。一般的な納豆1グラム当たり0.99国際単位のナットウキナーゼが含まれ、ナットウキナーゼが多いと表示されているもので1.78国際単位となる[9]

タイの大豆発酵食品トゥア・ナウが生産されたナットウキナーゼの方が宮城の納豆菌のものよりも活性が高かったという報告がある[19]

健康に対する研究例編集

1990年

犬にナットウキナーゼの腸溶カプセルを食べさせ、血栓症の犬の血栓を溶解することが血管造影によって観察されたことが報告された[20][21]。須見が実施した5人の被験者に、プロウロキナーゼアクチベーター(PUA)を高力価含む乾燥納豆を与えた研究では、納豆にはナットウキナーゼ以外にも血栓溶解作用を示すものが含まれる可能性があるとする[22]

2007年

心疾患を対象としたナットウキナーゼのサプリメントでは科学的根拠はないので、アスピリンを最初に選択すべきだとされている[23]

2008年

高血圧など73名へナットウキナーゼのサプリメントを使ったランダム化比較試験では、収縮期血圧と拡張期血圧を減少させた[24]

2009年

ナットウキナーゼはプロテイナーゼKサブチリシンの一種Carlsbergと共に、アルツハイマーに関わる有害なアミロイドフィブリル(繊維)の分解活性を有するという報告がある[8]。この報告は、単にナットウキナーゼの試験管内でのアミロイドフィブリル分解能力を他のタンパク質分解酵素と比較したもの。

2014年

ナットウキナーゼと同様に血栓溶解作用があるウロキナーゼ(ヒト尿由来)は「急性心筋梗塞における冠動脈血栓の溶解」の効用で医薬品として承認されており、静脈内に投与される[25][26]。ナットウキナーゼはウロキナーゼの効果を増強する[27]

ナットウキナーゼは、う蝕(虫歯)の原因菌がバイオフィルムを形成するのを強く阻害した[28]

2015年

12人と規模は小さいものの二重盲検試験では、単回投与のサプリメントで数時間後には線維素溶解と抗凝固作用を示し、まだこの時点でも人間での臨床試験の数は少ない[2]

2016年

79名にナットウキナーゼのサプリメントを投与したランダム化比較試験で拡張期血圧を減少させる結果が出た[29]

2017年

ランダム化比較試験では76名が参加し、一部がナットウキナーゼのサプリメントを服用、頸動脈プラークの大きさを減少させた[30]

2019年

調査では、既に使用されている一般的な血栓溶解剤は高額で欠点もあるため、ナットウキナーゼのような安全な血栓溶解剤が必要とされているとしている[27]

食薬区分編集

食薬区分においては「食品」にあたり、「血液がサラサラになる」といった医薬品的な効果効能表示(店頭や説明会における口頭での説明も含む)を行うと、食品表示法の規制の対象となる[31][32]。そのため、各社サプリメントは「さらさら粒」「さらさらなナットウキナーゼ配合」「澄んだめぐりにアプローチ」などの表示を行っている[33][34]

2020年 - 小林製薬ヤクルトヘルスフーズ日本生物科学研究所は、ナットウキナーゼ含有サプリメントを機能性表示食品として消費者庁に届け出ている。機能性表示食品とは、国が審査は行わず、事業者が自らの責任において機能性の表示を行うもので、「血流(末梢)を改善することで血圧が高めの方の血圧を下げる機能が報告されています」と表示している。これは、2008年のランダム化比較試験などを事業者が評価したものであり、「健常な範囲で血圧が高めの方」とⅠ度高血圧者に対し、機能が期待できるとしている[35][36][37]

安全性編集

国立循環器病研究センターは、納豆が血液凝固因子を活性化するビタミンKを多く含むため、ワルファリンを投与されている患者の納豆摂取を禁忌としている[38]ワルファリンは、ビタミンKの活性を抑え、血をかたまりにくくする薬であり、納豆青汁クロレラなどビタミンK含有量の多い食品は、ワルファリンの働きを阻害する。

国立健康・栄養研究所は、健常な成人が納豆を通常の食品として摂取する場合はおそらく安全であるが、ナットウキナーゼをサプリメントなど濃縮物として摂取する場合の安全性に関しては、信頼できる十分な情報は見当たらないとしている。特に妊婦・授乳婦、出血性疾患患者、低血圧患者の自己判断での摂取は避けるよう注意をしている[39]抗凝固薬や、アスピリンなどの抗血小板薬との併用は、脳内出血などの出血リスクを増加させる可能性もある[40]

無毒性量

NOAEL参考値 : ラット、経口、90日 1000mg/kg 体重/日[41]

脚注編集

  1. ^ Yanagisawa, Y.; Chatake, T.; Chiba-Kamoshida, K.; Naito, S.; Ohsugi, T.; Sumi, H.; Yasuda, I.; Morimoto, Y. (2010). “Purification, crystallization and preliminary X-ray diffraction experiment of nattokinase from Bacillus subtilis natto”. Acta Crystallographica Section F 66 (12): 1670-1673. doi:10.1107/S1744309110043137. PMC 2998380. PMID 21139221. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2998380/. 
  2. ^ a b c d “A single-dose of oral nattokinase potentiates thrombolysis and anti-coagulation profiles”. Scientific reports. (2015). doi:10.1038/srep11601. PMC PMC4479826. PMID 26109079. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4479826/. 
  3. ^ 須見洋行”. researchmap. 2020年7月9日閲覧。
  4. ^ a b 林哲也, 前田浩明「納豆菌培養ろ液乾燥物「NKCP」の血液流動性改善作用」『日本未病システム学会雑誌』第8巻第2号、日本未病システム学会、2002年、 204-205頁、 doi:10.11288/mibyou1998.8.204ISSN 1347-5541NAID 130004186124
  5. ^ 美原恒、「Lumbricus rubellus(赤ミミズ)の酵素による血栓溶解作用 (PDF) 」『脈管学』 2010 Vol.50 1月17日号 (No.6), NAID 10029414573, 日本脈管学会
  6. ^ Sumi, H.; Hamada, H.; Tsushima, H.; Mihara, H.; Muraki, H. (1987). “A novel fibrinolytic enzyme (nattokinase) in the vegetable cheese Natto; a typical and popular soybean food in the Japanese diet”. Experientia 43 (10): 1110-1111. doi:10.1007/BF01956052. PMID 3478223. 
  7. ^ 須見洋行, 中島伸佳, 田谷直俊、「血栓溶解酵素ナットウキナーゼの活性測定法」『日本醸造協会誌』 1993年 88巻 6号 p.482-486, doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.88.482
  8. ^ a b c Hsu, Ruei-Lin; Lee, Kung-Ta; Wang, Jung-Hao; Lee, Lily Y.-L.; Chen, Rita P.-Y. (2009). “Amyloid-Degrading Ability of Nattokinase from Bacillus subtilis natto”. J. Agr. Food Chem. 57 (2): 503-508. doi:10.1021/jf803072r. PMID 19117402. 
  9. ^ a b c d e 須見洋行、大杉忠則、内藤佐和、矢田貝智恵子「納豆菌が持つ特殊酵素「ナットウキナーゼ」: その力価と特長」『日本醸造協会誌』第106巻第1号、2011年1月15日、 28-32頁、 doi:10.6013/jbrewsocjapan.106.28
  10. ^ 7月10日は「納豆の日」約9割の医師が健康のために納豆を食べている?”. ファイナンシャルフィールド (2020年7月10日). 2020年11月23日閲覧。
  11. ^ a b 須見洋行, 中島伸佳「発酵食品中の線溶酵素に関する研究」『日本農芸化学会誌』第65巻第7号、日本農芸化学会、1991年、 1125-1127頁、 doi:10.1271/nogeikagaku1924.65.1125ISSN 0002-1407NAID 130001228153
  12. ^ ナットウ (納豆)、ナットウ菌 - 「健康食品」の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所
  13. ^ a b 納豆の健康効果について”. 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)生体制御科学専攻 疾患薬理制御科学分野. 2021年6月9日閲覧。
  14. ^ 「納豆で血液サラサラ」は嘘 「あるある大事典」とNHKのトリック”. 三好基晴. 2021年6月9日閲覧。
  15. ^ ナットウキナーゼによる血栓溶解作用についての研究”. 科学研究費助成事業データベース. 2021年7月3日閲覧。
  16. ^ NSK ナットウキナーゼ高含有/納豆菌培養エキス”. 株式会社日本生物.科学研究所. 2021年7月4日閲覧。
  17. ^ Fujita M, Nomura K, Hong K, Ito Y, Asada A, Nishimuro S (December 1993). “Purification and characterization of a strong fibrinolytic enzyme (nattokinase) in the vegetable cheese natto, a popular soybean fermented food in Japan”. Biochem. Biophys. Res. Commun. 197 (3): 1340-1347. doi:10.1006/bbrc.1993.2624. PMID 8280151. 
  18. ^ Fujita M, Hong K, Ito Y, Fujii R, Kariya K, Nishimuro S (October 1995). “Thrombolytic effect of nattokinase on a chemically induced thrombosis model in rat”. Biol. Pharm. Bull. 18 (10): 1387-1391. PMID 8593442. 
  19. ^ 稲津康弘、中村宣貴、カマル ウイラッコディ、伏見力、ラッダー ワッタナーシリタム、川本伸一「タイ国の無塩大豆発酵食品より分離した納豆菌の諸性質」『大会研究発表要旨集』第17巻0、2005年、 132-132頁、 doi:10.11402/ajscs.17.0.132.0
  20. ^ Sumi H, Hamada H, Nakanishi K, Hiratani H (1990). “Enhancement of the fibrinolytic activity in plasma by oral administration of nattokinase”. Acta Haematol. 84 (3): 139-143. doi:10.1159/000205051. PMID 2123064. https://doi.org/10.1159/000205051. 
  21. ^ 須見洋行「納豆キナーゼと線溶系」『化学と生物』第29巻第2号、日本農芸化学会、1991年、 119-123頁、 doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.29.119ISSN 0453-073XNAID 1300048079962021年7月7日閲覧。
  22. ^ 須美洋行, 馬場健史, 岸本憲明「納豆中のプロウロキナーゼ活性化酵素と血栓溶解能」『日本食品科学工学会誌』第43巻第10号、日本食品科学工学会、1996年10月、 1124-1127頁、 doi:10.3136/nskkk.43.1124ISSN 1341027XNAID 100075829402021年7月7日閲覧。
  23. ^ Cho L (April 2007). “Ask the doctor: I have read good news about nattokinaze and would like to use it to keep my blood thin. Is it a good substitute for aspirin?”. Heart Advis 10 (4): 8. PMID 17500089. "Not very much is known about nattokinaze... there is not enough information from human studies to know for sure what it can do or to recommend it for people with cardiovascular disease. Aspirin should be your first choice." 
  24. ^ Kim JY, Gum SN, Paik JK, Lim HH, Kim KC, Ogasawara K, Inoue K, Park S, Jang Y, Lee JH (August 2008). “Effects of nattokinase on blood pressure: a randomized, controlled trial”. Hypertens. Res. 31 (8): 1583-1588. doi:10.1291/hypres.31.1583. PMID 18971533. 
  25. ^ 医療用医薬品 : ウロキナーゼ注「フジ」”. KEGG (2014年4月). 2018年3月13日閲覧。
  26. ^ この血栓溶解効果を示す酵素タンパク質の一種「ウロキナーゼ」の場合、静脈注射での使用が承認されている。これは、経口摂取すると体内に吸収されるまでに、胃液のペプシンや小腸の膜消化(小腸粘膜上皮細胞1個あたりに約600本密生する微絨毛の膜消化酵素による分解)によって酵素タンパク質(アミノ酸のつながり)が切断され、トリペプチド (アミノ酸が3個結合したもの)やジペプチド (アミノ酸が2個結合したもの)あるいはアミノ酸単体にまで分解されて酵素としての特性を失うからである。もちろん、ナットウキナーゼも酵素タンパク質なので、経口摂取した場合には、アミノ酸やジペプチド、トリペプチドにまで分解され、ナットウキナーゼとしての活性を失う。
  27. ^ a b Chen H, McGowan EM, Ren N, Lal S, Nassif N, Shad-Kaneez F, Qu X, Lin Y (2018). “Nattokinase: A Promising Alternative in Prevention and Treatment of Cardiovascular Diseases”. Biomark Insights 13: 1177271918785130. doi:10.1177/1177271918785130. PMC 6043915. PMID 30013308. https://doi.org/10.1177/1177271918785130. 
  28. ^ 成澤直規、川崎幸正、中島圭右、阿部申、鳥居恭好、竹永章生「う蝕原性Streptococciのバイオフィルム形成に及ぼすナットウキナーゼの阻害効果」『日本食品保蔵科学会誌』第40巻第6号、2014年11月、 273-278頁。
  29. ^ Jensen GS, Lenninger M1, Ero MP, Benson KF (2016年). Consumption of nattokinase is associated with reduced blood pressure and von Willebrand factor, a cardiovascular risk marker: results from a randomized, double-blind, placebo-controlled, multicenter North American clinical trial. Integr Blood Press Control 9:95-104.
  30. ^ “[A clinical study on the effect of nattokinase on carotid artery atherosclerosis and hyperlipidaemia]” (Chinese). Zhonghua Yi Xue Za Zhi 97 (26): 2038-2042. (July 2017). doi:10.3760/cma.j.issn.0376-2491.2017.26.005. PMID 28763875. 
  31. ^ 健康食品に関する景品表示法及び健康増進法上の留意事項について (PDF)”. 消費者、 (2016年6月30日). 2021年7月23日閲覧。
  32. ^ 医薬品的な効能効果について”. 東京都健康福祉局. 2021年7月23日閲覧。
  33. ^ ナットウキナーゼ PREMIUM”. 小林製薬. 2021年7月24日閲覧。
  34. ^ さらさら納豆キナーゼ”. FANCL. 2021年7月24日閲覧。
  35. ^ 小林製薬”. 機能性表示食品の届出情報検索. 2021年7月24日閲覧。
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  39. ^ ナットウ (納豆)、ナットウ菌 - 「健康食品」の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所
  40. ^ Chang YY, Liu JS, Lai SL, Wu HS, Lan MY (2008). “Cerebellar hemorrhage provoked by combined use of nattokinase and aspirin in a patient with cerebral microbleeds”. Intern. Med. 47 (5): 467-469. PMID 18310985. 
  41. ^ “Toxicological assessment of nattokinase derived from Bacillus subtilis var. natto”. Food and chemical toxicology 88. doi:10.1016/j.fct.2015.12.025. PMID 26740078. 

関連項目編集

外部リンク編集