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ハイトップHigh Top)はイギリスで生産、調教された元競走馬、元種牡馬。同国の元アマチュア障害騎手であるボブ・マクレーリーによって生産され、後にジュールズ・ソーン卿に9000ギニーで売却された。

ハイトップ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1969年
死没 1988年
Derring-Do
Camenae
生国 イギリスの旗 イギリス
生産 Bob McCreery
馬主 Sir Jules Thorn
調教師 Bernard Van Cutsem(イギリス)
競走成績
生涯成績 10戦5勝
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戦績編集

サンダウン競馬場の5ハロン戦でデビューしここを勝利で飾ると、ニューベリー競馬場の7ハロン戦のワシントンシンガーステークスで2着と善戦した。続いて距離を縮めた6ハロン戦のチャンピオントロフィーでは逃げ切って勝利し、勢いを駆って出走したオブザーヴァーゴールドカップでは、後のアイリッシュダービー勝ち馬のスティールパルスに3/4馬身差で勝利し、初G1勝利を収めた。

翌年、3歳になったハイトップは初戦のサースク競馬場の8ハロン戦を難なく勝利すると、2000ギニーに向かうことになる。嵐の中で行われた本番では、この悪天候を味方につけ、ロベルトの猛追を振り切り、クラシック競走を制した。

この後はダービーステークスには出走せず、カッツェン調教師はマイル路線を歩むことにさせるが、アイリッシュ2000ギニーが疲れが残っていたのか7着、休養を挟んだサセックスステークスでも僅差の2着、フランスに遠征したジャック・ル・マロワ賞でもリファールに敗戦してここでも2着、汚名返上を目論んだムーラン・ド・ロンシャン賞でも堅い馬場に泣かされて4着と、好走するも勝ち切れないレースが続いた。結局ムーラン・ド・ロンシャン賞を最後に競走馬を引退した。

年度別競走成績編集

  • 1971年(4戦3勝) - オブザーヴァーゴールドカップ
  • 1972年(6戦2勝) - 2000ギニー

種牡馬入り後編集

引退後はウッドランスタッドで種牡馬入りした。種牡馬としては後継種牡馬を残すことに成功し、まずまずの成績を収めていた。現役時代はマイルまでしか競走経験のない自身とは違い、比較的長い距離を得意とする産駒が多かったのも、特徴の一つである。また、ハイトップの場合はブルードメアサイアーでは特に優秀で、1990年と1993年にはイギリス・アイルランドのリーディングブルードメアサイアーを獲得し、母系に入ってその血を現代に伝えている。

1988年に後ろ脚に血栓症を発症し、一度は回復の兆しを見せたものの再発し、3月9日に獣医の助言により繋養先のウッドランスタッドにて安楽死となった。

代表産駒編集

など

ブルードメアサイアーとしての主な産駒編集

オペラハウスとカイフタラは前述カラースピンの仔

血統表編集

トップヴィル血統ダンテ系 / Nearco 4×5=9.38%、PharosFairway 5×5=6.25%) (血統表の出典)

Derring-Do
1961 鹿毛
父の父
Darius
1951 鹿毛
Dante Nearco
Rosy Legend
Yasna Dastur
Ariadne
父の母
Sipsey Bridge
1954 鹿毛
Abernant Owen Tudor
Rustom Mahal
Claudette Chanteur
Nearly

Camenae
1961 鹿毛
*ヴィミー
Vimy
1952 黒鹿毛
Wild Risk Rialto
Wild Violet
Mimi Black Devil
Mignon
母の母
Madrilene
1951 栗毛
Court Martial Fair Trial
Instantaneous
Marmite Mr. Jinks
Gentlemen's RelishF-No.11-a

参考文献編集

外部リンク編集