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ヒップアップは、島崎俊郎川上泰生小林進の3人からなる日本のお笑いユニット。当時の所属事務所は渡辺プロダクション

ヒップアップ
出身地 日本の旗 日本
ジャンル お笑い
活動期間 1979年
事務所 渡辺プロダクション
メンバー 島崎俊郎
川上泰生
小林進

立ち位置は左から川上・島崎・小林。小林がギター伴奏をした脇で島崎・川上がコントを繰り広げ、時折小林がナレーション的な突込みもしくは解説を入れるネタのパターンが多かった。

ネタのエンディングには、島崎と川上が両手に(プラスベル)を持って鳴らし小林がギターを演奏しながら『♪それでは、お別れしましょ。あなたと、サヨナラしましょ。バイバイバイバイ!!バイバイバイバイ!!御機嫌、うるわしゅう~♪』(二葉あき子の『さよならルンバ』の替え歌)を付けていた時期もあった。川上が作曲。ちなみに中日ドラゴンズの私設応援団がビジター球場において相手(ホーム)チームの投手が打ち込まれて交代する際にこの曲の一部を改変して演奏を行っている。

概要編集

元々はそれぞれ、小野ヤスシらの付き人を務めた後、1979年にトリオを結成。漫才ブーム後半にあたる1981年頃からフジテレビTHE MANZAI』にギター伴奏による青春コントで登場。同じく横澤彪が手がけた『オレたちひょうきん族』にレギュラー出演し、「ひょうきんな青春」という単独コーナー枠を持ったり、「ひょうきんベストテン」のコーナーで“フラワーダンシングチーム”としてコント赤信号と共に一世を風靡した。全盛期には「アイドル並みな人気があった」(島崎談)そうである。

また『ものまね王座決定戦』では、淡谷のり子の物まねで「なんてったってアイドル」の最初の部分を繰り返す演目で爆笑を呼んだ。

当初は常に3人で話し合ってネタ作りをしていたが、後半になって放送作家益子強サラダ党)が参加してネタを作った。駆け出し時期の三谷幸喜もネタを提供したことがある。

その後しだいにヒップアップとしての活動は自然消滅状態となり、三者全員別々の事務所に移籍したことから永く事実上の解散状態にあった。

島崎はタレントとして、小林は俳優として中央での活躍を継続。川上は福岡に活躍の場を移し、『めんたいワイド』などに出演(詳細は各メンバー個々の項目を参照)。川上が活躍の場としている福岡の番組では、時折再結成と称し三人でネタを披露することもあった。

小林は2012年5月16日22時45分、スキルス性胃がん肝硬変のため、東京都内の病院で死去[1]

関連項目編集

出典・脚注編集

  1. ^ 毎日.jp (2012年5月17日). “訃報:小林すすむさん58歳=俳優”. 2012年5月17日閲覧。