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ファティ・テリムFatih Terim, 1953年9月4日 - )は、トルコ出身の元同国代表サッカー選手サッカー指導者。主に、母国の強豪クラブ「ガラタサライSK」の選手および監督を歴任。また、トルコ代表監督を3度も務めた。

ファティ・テリム Football pictogram.svg
Fatih Terim 2018.jpg
ガラタサライ監督時代(2018年11月)
名前
本名 ファティ・テリム
愛称 Imparator(トルコ語で皇帝)
ラテン文字 Fatih Terim
基本情報
国籍 トルコの旗 トルコ
生年月日 (1953-09-04) 1953年9月4日(65歳)
出身地 ジェイハン[1] アダナ県
身長 172cm
選手情報
ポジション DF
代表歴
1974-1985 トルコの旗 トルコ[2] 51 (2)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

人物編集

トルコ代表監督として1996年のEURO1996出場。ガラタサライの監督として2000年にUEFAカップを制覇するなどトルコサッカーの地位を向上させた人物の一人である。また攻撃的なサッカーの信奉者として知られ、フィオレンティーナの監督時代はマヌエル・ルイ・コスタをトップ下に配した4-3-1-2システムで旋風を起こした。

略歴編集

  • 1974年 トルコ代表初選出。現役時代はセンターバックとして主将も務める。
  • 1985年 現役を引退。指導者の道へ進む。
  • 1990年 トルコU-21代表監督就任。
  • 1993年 トルコ代表監督に昇格。
  • 1995年 EURO1996予選を突破。本大会初出場に導く
  • 1996年 EURO1996、1次リーグ敗退。大会終了後にガラタサライの監督に就任、以後トルコリーグ4連覇。
  • 2000年 UEFAカップ決勝でアーセナルを下し初優勝。この成功で数多くのオファーが舞い込むが、イタリアのフィオレンティーナと契約。
  • 2001年 コッパ・イタリア準優勝に導くが、会長のヴィットリオ・チェッキ・ゴーリと対立し辞任。翌シーズンにACミランの監督に就任するがUEFAカップ3回戦敗退の責任を取りわずか5ヶ月で辞任。
  • 2005年 トルコ代表監督に復帰。EURO2008ではトルコをベスト4に導く快挙を成し遂げた。
  • 2009年 2010 FIFAワールドカップ予選敗退の責任をとり代表監督を辞任。 
  • 2011年 ガラタサライの監督に復帰。
  • 2013年 ガラタサライとの兼任でトルコ代表監督に3度目の就任[3]。9月24日、ガラタサライの監督を解任された[4]
  • 2017年 トルコ代表監督を辞任[5]。同年末、ガラタサライの監督解任に伴う後任として、3度目の復帰[6]

選手経歴編集

監督経歴編集

獲得タイトル編集

監督時代編集

ガラタサライ

脚注編集