メアリー王妃のドールハウス

実際のドールハウスを写した写真

メアリー王妃のドールハウス: Queen Mary's Dolls' House[注 1]は、1920年代初頭に制作され、1924年に完成したドールハウスである。当時の英国王ジョージ5世の王妃、メアリー・オブ・テックへ贈られた。

制作までの経緯編集

ドールハウスを建てるというアイデアは、元々メアリー王妃のいとこであるメアリー・ルイーズ・オブ・シュレスウィグ=ホルスタイン(メアリー・ルイーズ王女)が出したものだった。彼女はこの話を、1921年ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ夏期展覧会の席で、当時一流の建築家として名の知られていたエドウィン・ラッチェンスに相談した。ラッチェンスはこの案に同意し、ドールハウスの建築準備に取りかかった。メアリー・ルイーズ王女は芸術界に多数のつながりを持っており、ドールハウス制作に才能を発揮してもらえるよう、当時として最高の芸術家・職人たちを呼び寄せた。結果としてこのドールハウスは、実際に動かすことのできるミニチュア道具の驚くべきコレクションとなった。ショットガンは実際に弾倉を外して銃弾の装填ができ(更に銃弾の発射もできる)、モノグラムの刺繍されたリネンが用意されているほか、電気が通っていてエレベーターも設置され、ガレージには実際に走らせることの出来るミニカーが何台も入っている[1]。中には細い水道管が通され、実際に水を流すことができる。ドロシー・ロジャーズ英語版のカーペットも使われている。このように内部には、当時として最も素晴らしく近代的な道具がいくつも収められている。ドールハウスは、国民からメアリー王妃への贈り物として作られ、この時代のイングランドにおけるイギリス王室の生活ぶりを示す歴史的資料となった。

ドールハウスは完成後に、観覧料をメアリー王妃のチャリティ資金に回す形で公開展示された。最初の公開は、1924年から翌1925年にかけて行われた大英帝国博覧会英語版で行われ、160万人以上が観覧に訪れた[2]。現在ではウィンザー城で展示され、ミニチュアの家や家具、カーペットに興味を抱く人向けの観光名所となっている。

収蔵物とその制作背景編集

ドールハウスは1/12スケール英語版[注 2]で作られ、3 フィート (91 cm)を優に超える大きさのハウスに、当時名声を博していた人物の作品がいくつも収められた。ドールハウス内部や収蔵物の細かい装飾は注目に値するもので、ほとんどがウィンザー城にある物品の、精巧な1/12スケール・レプリカである。装飾品には、協力者自ら制作したものと、ノーサンプトントウィニング・モデルズ英語版などの、プロの模型制作者が作ったものの両方がある。カーペットカーテン、家具は全て本物を元に作られたもので、灯りは実際に点灯させることができる。トイレにはきちんとした配管がなされ、実際に水を流せるほか、ミニチュアのトイレットペーパーも据えられている。

加えて、当時の人気作家がドールハウスの図書室に収めるために寄稿し、それらの作品はサンゴルスキ&サトクリフ英語版によって豆本として製本された。アーサー・コナン・ドイルは短編『ワトスンの推理法修業』(: "How Watson Learned the Trick")を寄稿し、幽霊物語を書いていたM・R・ジェイムズは "The Haunted Dolls' House"(意味:幽霊のよく出るドールハウス)、A・A・ミルンは "Vespers"(意味:夕べの祈り[3])と銘打たれた作品を贈っている。他にも、J・M・バリートーマス・ハーディラドヤード・キップリングサマセット・モームなどが寄稿している。ドールハウスに収められた作品は、1924年にE・V・ルーカスによって編集され、『王妃のドールハウスの図書室の本』(: "The Book of the Queen's Dolls")として出版されている[4]。一方で、ジョージ・バーナード・ショーは掌編を寄せてほしいという王女の依頼を拒んでいるほか[5]エドワード・エルガーも計画への参加を拒否している。シーグフリード・サッソン英語版: Siegfried Sassoon)は、1922年6月6日にエルガーがレディ・モード・ウォレンダー(: Lady Maud Warrender)に語ったこととして、以下を記録している。

「私たちみんなが、王[ジョージ5世]も王妃[メアリー王妃]も、芸術的なものは何一つ理解できないことを知っている。ウィンザー[]の図書館に、私の第2交響曲スコアを収めた時だって、それに一言も触れやしなかった。それなのに、今は私の絶頂期だと言って、王妃のドールハウスに協力するよう求められた!私はもう充分なくらい『棒の上の猿』として奉仕をしてきたはずだ。私はこの棒を降りる決意をした。手紙を書いて、この依頼をこれ以上私に無理強いしないよう望むと書いておいた。私は、相手を混乱させる馬鹿げた出来事に芸術家を巻き込むのは、芸術家に対する侮辱だと思っている」[注 3]

エリ・マースデン・ウィルソン英語版などの画家たちも、同様にミニチュアの絵画を提供した。ワインセラーの瓶にまで、本物のワインスピリッツが詰められ、自動車の車輪にも正しくスポークが取り付けられている[6]。メアリー王妃の出費は、ドールハウス用にミニチュアのカーペットを作ったドロシー・ロジャーズ英語版など、一流の家具模型師に関心を向けることに繋がった。高画質の写真でインテリアを見ても、それが実際にミニチュア家具のコレクションだとは判別しがたい[7]

ドールハウスには、大きな引き出しが建物本体の下側から引き出された時にしか見えない、隠れた庭がある。庭にはレプリカの木々や庭仕事道具があり、英国の伝統的な造園を体現している。

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ "Queen" とは「女王」のことではなく、日本語の「王妃」に当たる単語である(英語では二者の区別が無い)。一方、女王である場合には夫の称号が "Prince"(訳:王配)となる。例えばエリザベス2世の夫であるエディンバラ公は、「フィリップ王配」とされるが、英語では "Prince Philip" と呼ばれる。
  2. ^ : 1:12 scale; one inch to one foot、「1インチを1フィートに」
  3. ^ 原文:"We all know that the King and Queen are incapable of appreciating anything artistic; they have never asked for the full score of my Second Symphony to be added to the Library at Windsor. But as the crown of my career I'm asked to contribute to a Doll's House for the Queen! I've been a monkey-on-a-stick for you people long enough. Now I'm getting off the stick. I wrote and said that I hoped they wouldn't have the impertinence to press the matter on me any further. I consider it an insult for an artist to be asked to mix himself up in such nonsense." (Kennedy, Michael [1982]. Portrait of Elgar. 2nd ed. London: Oxford University Press. p. 305.)

出典編集

  1. ^ Hartnett, Kevin (2014年8月22日). “In a Queen’s Dollhouse, Why Are Tiny Toilets So Captivating?”. Boston Globe. http://www.bostonglobe.com/ideas/2014/08/22/queen-mary-dollhouse-and-fascination-miniature-objects/U82Ku63IQ0nLqC6GcwYpBI/story.html 2014年8月30日閲覧. "There are shotguns that 'break and load' (and may even fire), monogrammed linens, ... 'electricity and lifts, a garage of cars with engines that run.'" 
  2. ^ Waclawiak, Karolina (Nov–Dec 2010). “Safe as Houses: An Ode to Britain's History in 1:12 Scale”. The Believer. http://www.believermag.com/issues/201011/?read=article_waclawiak 2013年10月20日閲覧。. 
  3. ^ 小西友七; 南出康世 (2001-04-25). “ジーニアス英和大辞典”. ジーニアス英和大辞典. ジーニアス. 東京都文京区: 大修館書店 (2011発行). ISBN 978-4469041316. OCLC 47909428. NCID BA51576491. ASIN 4469041319. 全国書誌番号:20398458. 
  4. ^ E. V. Lucas, ed., The Book of the Queen's Dolls' House Library (London: Methuen, 1924)
  5. ^ Farquhar, Michael (2001). A Treasury of Royal Scandals. New York: Penguin Books. p.47. ISBN 0-7394-2025-9.
  6. ^ Queen Mary's Doll House”. 2013年3月27日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年5月15日閲覧。
  7. ^ Lambton, Lucinda (2010) THE QUEEN'S DOLLS' HOUSE: LONDON ENGLAND: Royal Collection Enterprise. pp. 79–80. ISBN 978 1 905686 26 1

参考文献編集

  • Stewart-Wilson, Mary (1988). Queen Mary's Dolls' House. London: Bodley Head. ISBN 978-0896598768

外部リンク編集

座標: 北緯51度29分02秒 西経0度36分11秒 / 北緯51.484度 西経0.603度 / 51.484; -0.603