メインメニューを開く

ロングホーク日本競走馬。おもな勝ち鞍はスプリングステークス阪神大賞典など。同期にはカブラヤオーエリモジョージがいる。

  • 馬齢については原則旧表記(数え)とする。
ロングホーク
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1972年5月22日
死没 1986年8月15日
ハードリドン
エスタブリッシュメント
母の父 Worden
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 上山牧場
馬主 中井長一
調教師 松田由太郎栗東
競走成績
生涯成績 32戦13勝
獲得賞金 2億6674万3400円
テンプレートを表示

戦績編集

中央競馬で競走生活を送る。1974年6月30日札幌開催の新馬戦を5馬身近い差で勝利。次に出走した同地開催の特別戦は凡走したが、函館開催の特別戦を単勝10番人気の低評価を跳ね返し勝利した。当初は厩舎所属の松田幸春主戦騎手を務めた。重賞2戦を取りこぼしたもののオープン勝ちを加え、3歳シーズンを7戦3勝で終えた。

1975年、後方待機策からの脱却を図ったロングホークは、弥生賞で関東の主軸・カブラヤオーと初対決となった。名手武邦彦との新コンビで臨んだが、好位抜け出しを図ったもののカブラヤオーに逃げ切られ2着に終わった。次に出走したスプリングステークスでは柴田政人が騎乗し、第4コーナーで先頭に立つとそのまま押し切り優勝。重賞初制覇となった。

第35回皐月賞は、カブラヤオーとレイクスプリンターとの激しい先行争いにより、予想以上のハイペースとなった。しかし、マーク策は功を奏せず、カブラヤオーに2馬身半差凌がれ2着に敗れた。

その後も、前哨戦では勝利するものの本番は不発に終わるという結果を繰り返した。オープンを勝ったあとに出走したダービーではカブラヤオーはおろか同僚のロングファスト(2着)にも遅れを取る6着、2戦1勝2着1回のあとに出走したカブラヤオー不在の菊花賞ではコクサイプリンスの5着に敗れた。結局、ロングホークのクラシックシーズンは無冠に終わった。

菊花賞後に出走した中京開催の地方競馬招待競走勝利を皮切りに、阪神大賞典(このレースでは久保敏文が騎乗)・日本経済新春杯大阪杯の3重賞制覇を含む6連勝を記録。その大半が、早めに先頭に立って押し切る積極策での勝利であった。こうして春の天皇賞では、関西馬の筆頭格として挑戦することとなった。生産者の上山栄蔵が口取りのため京都競馬場に来場するなど期待を受けての出走であったが、福永洋一鞍上の人気薄・エリモジョージの大胆な逃げ戦法にクビ差敗れた。

その後も善戦するもののオープン戦1勝以外は惜敗が続き、ラストランとなった翌年(1977年)秋の天皇賞では大きく崩れブービー(11着)敗退に終わった。

引退後編集

引退後は青森県種牡馬となったが、馬産地としての勢いを失いつつあった青森で結果を出すことは無理な話で、7年の間に輩出した95頭の産駒のなかでは新春4歳牝馬ステークスを勝ったジュウジレディが目立つ程度だった。

その後、唯一の種牡馬・ベルワイドを失った東京大学農学部付属牧場が、1985年2月26日にロングホークを引き取ることを決定した。ところが、2シーズン目の1986年8月15日心臓麻痺のために急死、わずか2頭の産駒しか残せずに終わった。

血統表編集

ロングホーク血統ファリス系 / PharosFairway5×5=6.25%、Blandford5×5=6.25%〈母内〉) (血統表の出典)

*ハードリドン
Hard Ridden
1955 黒鹿毛
父の父
Hard Sauce
1948 黒鹿毛
Ardan Pharis
Adargatis
Saucy Bella Bellacose
Marmite
父の母
Toute Belle
1947 黒鹿毛
Admiral Drake Craig an Eran
Plucky Liege
Chatelaine Casterari
Yssel

*エスタブリッシュメント
Establishment
1962 栗毛
Worden
1947 栗毛
Wild Risk Rialto
Wild Violet
Sans Tares Sind
Tara
母の母
*ストーミーセッション
Stormy Session
1956 鹿毛
Court Martial Fair Trial
Instantaneous
Squall Umidwar
Heavenly Wind F-No.1-w


いとこに中央競馬の牝馬二冠馬インターグロリア、甥に日経新春杯京都記念の勝ち馬マサヒコボーイがいる。

外部リンク編集