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三河 小栗氏(みかわ おぐりし)は、酒井氏とともに松平氏庶家に属する氏族。別名に又市系小栗氏

小栗氏
(三河小栗氏)
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丸に立浪
桜花
五三桐
本姓 清和源氏新田氏世良田氏桓武平氏大掾氏小栗庶流?)
家祖 小栗吉忠
種別 武家
士族
出身地 三河国
主な根拠地 江戸
東京都
著名な人物 小栗忠順
凡例 / Category:日本の氏族

松平一族が常陸小栗氏と婚姻し家を興したとされるが、小栗吉忠以前の系譜に謎が多い。子孫に幕臣小栗忠順などを輩出した。なお、結城秀康に付属し、以後越前松平家の中核を担った小栗正高や、その子で越後騒動の中心人物となった小栗正矩などを輩出した大六系小栗氏は常陸小栗氏の末裔になる。

概要編集

寛政譜』によると、上杉禅秀の乱享徳の乱に起因する戦乱に敗走した常陸小栗氏が三河国へ土着し、その末裔の小栗正重( - 1494年?)の娘が松平氏一門・親長[1]と婚姻して、生まれた男子が忠吉( - 1538年頃)である。

親長と忠吉の母親は折り合いが悪く離別し、母親は忠吉と共に父の小栗正重[2]の元へ寓居した。正重は忠吉を養子とし、小栗姓を名乗らせて三河小栗氏が発祥し、母系の出自である小栗氏の庶流として発展した。

小栗忠吉は松平遠江某の娘と婚姻して小栗吉忠(又市)1527年 - 1590年)を生む。この小栗吉忠が徳川家康奉行人として浅井道忠道多父子とともに名を連ね、文献史上に登場することになる。

小栗又市家,清和源氏,本国三河
上野・下野・下総内2,500石,
家紋 丸に立浪 桜花 五三桐,
屋敷 神田駿河台
と収録されている。

系譜編集

松平親長
小栗忠吉
  1. 小栗吉忠(又市)
  2. 小栗忠政(又一)
  3. 小栗政信
  4. 小栗信勝(父の政信より先に没し家督は継いでいない)
  5. 小栗政重(政信の家督を継ぐ)
  6. 小栗信盈
  7. 小栗喜政
  8. 小栗信顕
  9. 小栗忠顕
  10. 小栗忠清
  11. 小栗忠高中川忠英の四男で婿養子に入る)
  12. 小栗忠順
    小栗忠道駒井朝温の次男で婿養子(養女小栗鉞子の婿)に入っていたが、忠順と同時期に斬首される)
  13. 小栗忠祥(駒井朝温の三男で忠道の弟)
  14. 小栗貞雄矢野光儀の子で矢野龍渓の弟。忠順の逝去2か月後に誕生した長女小栗国子の婿に入る)
  15. 小栗又一
  16. 小栗忠人
  17. 小栗又一郎(漫画家の小栗かずまた)

脚注編集

  1. ^ この松平親長を、松平郷松平家6代・隼人佐信吉( - 1542年戦没)の子で、7代・親長(家督:1543年 - 1564年没)若しくはその兄である伝十郎勝吉1521年 - 1542年戦没)とする説、または安祥松平家(松平本宗家)4代・松平親忠1431年 - 1501年)の長子・親長岩津松平家祖・岩津太郎)に比定する説とがある。松平郷松平氏に比定した場合、年代的整合性は崩れる。
  2. ^ 兄の説あり
  3. ^ 文政10年(1827年