三波川

日本の群馬県藤岡市を流れる河川

三波川(さんばがわ)は、群馬県藤岡市三波川を流れる利根川水系一級河川である。

三波川
三波川 2009年9月撮影
三波川
水系 一級水系 利根川
種別 一級河川
延長 8.2[1] km
水源 東御荷鉾山群馬県藤岡市
水源の標高 1276 m
河口・合流先 神流川
流路 群馬県藤岡市
流域 日本の旗 日本 群馬県藤岡市三波川
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地理

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流域は全域が群馬県藤岡市に含まれる。東御荷鉾山の東麓に源を発し、東流する。東御荷鉾山から伸びる二つの尾根からの水を集め、下久保ダムの調整ダムである神水ダムの堰堤直下で神流川と合流する。

上流部は主に山林であり、スギ人工林落葉広葉樹林からなる。主に深い渓谷からなり、妹ヶ谷不動の滝を始め、落差数m程度の滝がみられる。所々やや平坦になり、数戸〜十数戸程度の集落畑地が開ける。 桜山の登口のあたりから中流部となる。中流部から下流部では、河川自体は深い渓谷の下を流れる。周辺の植生は杉林、落葉広葉樹林に加え、照葉樹林がみられるようになる。崖の上は比較的平坦に広がるようになり、畑地やみかん果樹園として利用され、一部に水田もみられるようになる。また、親水公園として小平河川公園が整備され、水遊びやバーベキューを楽しむことができる。

三波川は白亜紀の海底堆積物変成作用を受けた三波川変成帯模式地となっており、緑色の変成岩である三波石を産出する。昭和中頃まで庭石として採取されたため、河川環境が破壊された。1993年(平成5年)以降三波川に石を戻す会の手により石が戻され、徐々にヤマメなどが棲息する環境が回復しつつある[2]

流域の歴史

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  • 古墳時代
    • 神流川との合流点左岸、および流域の上ノ山台地の上にそれぞれ古墳が築かれる。
  • 平安時代
  • 江戸時代
  • 明治
    • この頃、杉の植林による林業が盛んになる。
    • 1879年(明治12年):小藤文次郎が一帯を調査。1888年に紅簾石片岩についての論文を発表。三波川変成帯の模式地となる。
    • 1908年(明治41年):流域の虚空蔵山に桜を植樹。以後、桜山と呼ばれるようになる。
  • 昭和
    • 1954年(昭和29年):三波川村が美原村とともに鬼石町と合併。
    • 昭和20年代〜30年代前半ごろ、三波川より鬼石町上ノ山台地に用水路が引かれ、台地の上に水田が開墾される。
    • 昭和30年代ごろまで、三波川より三波石が採取される。その後河川からの直接採取は禁止されたが、以後、三波石の庭石販売が鬼石町の基幹産業となる。
  • 平成
    • 1993年(平成5年):三波川に石を戻す会が活動開始。三波川に石を戻す運動が始まる。

周辺

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画像ギャラリー

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脚注

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関連項目

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