白石村 (北海道)

日本の北海道札幌郡にあった村
上白石村から転送)

白石村(しろいしむら)は、かつて北海道豊平川中流右岸の月寒川厚別川野津幌川流域にあったである。札幌郡に属した。現在の札幌市白石区及び厚別区の全域、豊平区の一部の地域に相当する。

しろいしむら
白石村
廃止日 1950年7月1日
廃止理由 編入合併
白石村札幌市
現在の自治体 札幌市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 石狩支庁
札幌郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 56.51[1] km2.
総人口 19,555
(1949年)
隣接自治体 札幌市札幌郡札幌村
豊平町広島村江別町
白石村役場
所在地 北海道札幌郡白石村
座標 北緯43度02分51秒 東経141度24分19秒 / 北緯43.04753度 東経141.40514度 / 43.04753; 141.40514 (白石村)座標: 北緯43度02分51秒 東経141度24分19秒 / 北緯43.04753度 東経141.40514度 / 43.04753; 141.40514 (白石村)
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ここでは、当村から1874年明治7年)に分村し、1902年(明治35年)に再び当村と合併した上白石村についても言及する。

地理

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河川

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行政区画(廃止時のデータ)

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大字

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  • 白石村
  • 上白石村

村内の区(北海道庁規定)

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  • 米里・横町・中央・本通・南郷・北郷・大谷地・野津幌・下野津幌・旭町・厚別東・厚別西・厚別川下・小野幌・山本(旧本田)・上白石1 - 4

沿革

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月寒川流域は、1871年明治4年)に仙台藩白石城主・片倉氏家中とその家族約400名によって本格的に開拓が始められ[2]、冬の寒さに耐えながらも現在の国道12号沿い(白石公園付近から白石神社までの間)に短期間で住まいを築いたため、その働きぶりに感心した開拓使岩村通俊判官は彼らの郷里の名を取り、「白石村」と命名した[2]。その後1874年(明治7年)に村内の26戸が豊平川沿岸に再移住し、後の上白石村を形成した。厚別川・野津幌川流域は江戸時代は「アシリベツ」とも呼ばれ、明治初年から白石村に属したが、1883年(明治16年)、共に長野県出身の河西由造・中沢兼三郎らが入植したのを皮切りに、全国各地や近隣市町村からの農業移民によって開拓が進められた。

交通(廃止時のデータ)

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鉄道

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道路

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脚注

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  1. ^ 昭和26年度第57回北海道統計(昭和26年3月31日北海道総務局統計課発行)参照
  2. ^ a b 歴史”. 札幌市白石区. 2018年2月21日閲覧。

参考文献

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  • 「角川日本地名大事典・北海道編」(高倉新一郎・榎本守恵責任編集、角川書店

関連項目

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