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上賀茂(かみがも)は、京都市北区鴨川(賀茂川)左岸、北山通以北、神山(こうやま)および賀茂川右岸の十三石山以南に至る地域の名称である。本項ではその前身の愛宕郡上賀茂村(かみがもむら)についても述べる。

上賀茂
かみがも
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
自治体 京都市北区
旧自治体 愛宕郡上賀茂村
世帯数
5,406世帯
総人口
12,271
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賀茂別雷神社(上賀茂神社)と上賀茂本通

歴史編集

かみがもむら
上賀茂村
廃止日 1931年4月1日
廃止理由 編入合併
京都市、上賀茂村大宮村鷹峯村京都市北区
現在の自治体 京都市
廃止時点のデータ
  日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
愛宕郡
総人口 3,677
国勢調査1920年
隣接自治体 京都市(上京区・左京区
愛宕郡鷹峯村、雲ケ畑村鞍馬村静市野村松ヶ崎村
上賀茂村役場
所在地 京都府愛宕郡上賀茂村
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昭和6年(1931年)に京都市に編入される。それ以前は、愛宕郡上賀茂村であった。長く賀茂別雷神社(上賀茂神社)の神領とされてきた。

名所編集

上賀茂神社
大田神社
上賀茂神社より古くからあったといわれている。大田の沢のカキツバタは国の天然記念物に指定されている。
北大路魯山人生誕地
大田神社の南側に石碑がある(上賀茂北大路町)[1]
2009年3月22日 魯山人の没後50年を記念し、誕生日の前日に当たる22日に除幕式があった。
大田の小径
大田神社の北側の山の尾根を歩く散策路である。
深泥池
賀茂季鷹歌碑
場所は、大田神社南交差点を南に、一筋目の道を西に入った北側の住宅(上賀茂竹ヶ鼻町)。歌碑には春の吉野山を詠んだ歌が記され、下には紅葉の歌も記されている。
賀茂季鷹(かもすえたか)は、上賀茂社家で江戸後期の歌人。季鷹は、有栖川宮職仁親王に手ほどきを受けた後、江戸にて文人墨客と交わり、京に帰った後は上賀茂神社で神職となり、「雲錦亭」と名付けた文化サロンを主宰した。
京都市伝統的建造物群保存地区
京都の特色ある歴史的な町並みの整備を行う区域[2]。産寧坂地区、祇園新橋地区、嵯峨鳥居本地区と上賀茂地区が指定されている。この4地区については、国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けている。

名物編集

 
すぐきの天秤押し
すぐき菜
江戸時代初期より当地周辺の農家に伝承されるカブの一種で、京の伝統野菜として知られる。かつては当地社家による贈答品として用いられていた。1804年文化元年)に、京都所司代から出された『就御書口上書』で他村への持ち出しが禁じられたことから、限られた地域で栽培され、栽培技術が口伝で受け継がれてきた[3]。乳酸菌の発酵作用によって生まれる酸味が特徴的で、漬物おひたしに用いられる[4][5]
賀茂なす
艶のある暗紫色をした円形の実が特徴的なナスで、京の伝統野菜として知られる。主に煮物に用いられるほか、輪切りにして油で揚げる味噌田楽も好まれる。露地栽培では、夏から初秋にかけて収穫される[6]
やきもち
平仮名で表記するのが一般的。小豆粒あんを柔らかいに包んで焼いたもので、上賀茂神社門前の店舗にて販売されているほか、神社の神事にも用いられる[7]

祭礼編集

幸在祭(さんやれさい)
毎年2月24日に行われる。男子の元服を祝し、「幸在る人生」を願う祭礼である。15歳を迎えた男子は「あがり」と呼ばれ、里の仕事、祭礼、町内行事などで大人として扱われる。行列に参加する子は、その年に生まれた赤ちゃんから「あがり」まで。「おんめでとうござーるー」と言い、太鼓、鉦、笛の囃しで山の神、大田神社、上賀茂神社へと練り歩き、成長を奉告する[8]
葵祭(あおいまつり)
毎年5月15日に行われる賀茂神社の例祭で、「賀茂祭」とも呼ばれる。祭に二葉葵を用いたことに由来する。勅使斎王代など、平安貴族の姿をした風雅な王朝行列が、京都御所から賀茂御祖神社(下鴨神社)を経て上賀茂神社へ向かう「路頭の儀」が有名。その他、馬を走らせながら、馬上から俵の的を弓で射抜く「流鏑馬」や、両神社で勅使が神前で祭文を読み上げ、供物や舞を奉納する「社頭の儀」が行われる[9][10][11]
上賀茂やすらい祭
国の重要無形民俗文化財に指定される「やすらい祭」の一つ。他地域と異なり、葵祭と同じ5月15日に行われる。上賀茂岡本町、梅ケ辻町の両町内住民による「上賀茂やすらい踊り保存会」により伝えられる。「岡本やすらい堂」を出発し、大田神社、上賀茂神社を経由し、岡本やすらい堂に戻る。「いん、やすらいや花やー今年の花はよう咲いた花やー」の掛け声とともに、赤熊(しゃぐま)と呼ばれる小鬼が太鼓を叩き、鉦(かね)を奏でて舞い踊る。花傘の中に入ると、一年間は無病息災に過ごせるとされ、大勢が花傘の中に入る[12]
烏相撲(からすずもう)
毎年9月9日に、上賀茂神社の境内で行われる。祭神の外祖父にあたる賀茂武角身命が、神武天皇の東征の際に八咫烏(やたがらす)となって先導したことに由来する神事である。氏子によるカラスが鳴く様子を模した神事に続き、当地の小学生が二手に分かれて相撲を取る[13]

地域活動編集

葵プロジェクト
葵祭に必要な葵の自生地が激減していることを受け、「葵の森を復活させよう!」を合言葉に、上賀茂神社の二葉葵(ふたばあおい)を増やすべく、当地住民らが協力して育てている。2009年(平成21年)には、日本ユネスコ協会連盟が主催する「第1回プロジェクト未来遺産」に登録された[14]
上賀茂スクールガード隊
2006年(平成18年)に、自治連合会や社会福祉協議会を中心に、当地住民140名からなるボランティアのスクールガード隊を発足させた。オレンジ色のジャンパーを着用した隊員たちが、子どもたちの安心・安全のため、登下校の時間帯に自宅前や交差点に立って挨拶を交わす。また、地域の防犯パトロールや危険箇所の点検活動も担っている[15][16]
上賀茂探検クラブ
2002年(平成14年)に発足。当地の魅力を再確認するために、テーマを定めてボランティアの講師を招き、親子が一緒になって実地体験をする企画を提案している[17]
自転車ヘルメット着用推進地域
当地の教育機関や保護者会が協力し、北区交通安全協会および北警察署の支援のもと、自転車用ヘルメットの着用運動を行っている。2008年(平成20年)には、上賀茂小学校が全国で唯一、自転車ヘルメット着用推進校の指定を受けた[18][19]

脚注編集

参考文献編集

  • 『探訪 京都・上賀茂と二つの鞍馬街道-その今昔』(西村勁一郎(個人)、2008年)

関連項目編集

外部リンク編集