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上野 貴久(うえの たかひさ、1982年12月9日[1] - )は、元プロ野球選手(読売ジャイアンツ所属)・元社会人野球選手。

上野 貴久
YG-Takahisa-Ueno20110629.jpg
巨人時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都足立区
生年月日 (1982-12-09) 1982年12月9日(36歳)
身長
体重
177 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト3巡目[1]
初出場 2010年9月9日
最終出場 同上
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

千葉ロッテマリーンズに所属していた上野大樹は実弟。

目次

来歴・人物編集

プロ入り前編集

東京都足立区出身。中学時代は地元の軟式野球チームブラックキラーズに所属していた。帝京高時代は控え投手だったが、進学した東洋大学野球部では1年生春から主戦投手になる。東都大学リーグ通算75試合登板し14勝[1]28敗、防御率3.43、228奪三振。

大学卒業後はNTT東日本に入社、同社硬式野球部に所属[1]2006年都市対抗では、予選で3勝、本戦で1勝をあげた。同年の大学生・社会人ドラフト会議読売ジャイアンツから3巡目指名を受け[1]入団(契約金1億円、年俸1500万円)。

巨人時代編集

2007年の春季キャンプで、希望枠の金刃憲人・大社4巡目の円谷英俊・同じく6巡目の寺内崇幸と共に、球団としては4年ぶりのキャンプでの新人一軍スタートとなった。しかし、3年間一軍登板なしに終わる。

2010年シーズンは、2軍で40試合に登板し、4勝1セーブ、防御率1.30という成績[2]を残した事から李承燁と入れ替わりという形で9月7日に初めて一軍登録され[3]、同月9日に対横浜ベイスターズ戦でプロ初登板した。

2011年は、二軍で防御率4.41に終わり、結局一軍登板は無く、11月15日に球団から戦力外通告を受けた。

社会人野球時代編集

2012年、プロ入り前に所属したNTT東日本に6年ぶりに復帰した[4]が、この年限りで現役を引退した。

引退後編集

今後は同社で社業に就く。[5]

選手としての特徴編集

最速144km/hのストレートに、スライダーシュートを加え左右に揺さぶる投球が持ち味。両サイド低めに集められる制球力も武器としている。

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2010 巨人 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 2 0.2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 0.00
通算:1年 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 2 0.2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 0.00

記録編集

背番号編集

  • 38 (2007年 - 2008年)
  • 62 (2009年 - 2011年)

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h 『プロ野球カラー名鑑 2008』ベースボール・マガジン社、2008年、14頁。ISBN 978-4-583-61526-4
  2. ^ 一軍昇格時の成績。
  3. ^ 巨人の上野が初の出場選手登録 デイリースポーツ
  4. ^ 元巨人左腕が6年ぶり社会人復帰「感謝しています」”. スポーツニッポン (2012年2月4日). 2012年2月4日閲覧。
  5. ^ 引退選手のご挨拶 2013年2月11日閲覧

関連項目編集

外部リンク編集