中嶋 宏(なかじま ひろし、1928年5月16日 - 2013年1月26日)は、日本医師、神経精神医学者。世界保健機関(WHO)事務局長(第4代)を務め、国連傘下の国際機構を率いる長としては初めての日本人であった[1]東京医科大学難病治療研究所所長、国際医療福祉大学国際医療福祉総合研究所所長なども歴任した。

中嶋 宏
生誕 (1928-05-16) 1928年5月16日
日本の旗 日本千葉県
死没 (2013-01-26) 2013年1月26日(84歳没)
フランスの旗 フランスポワチエ
活動期間 1955年 - 2013年
医学関連経歴
職業 医師
所属 世界保健機関
東京医科大学
国際医療福祉大学
研究 神経精神医学
受賞 勲一等瑞宝章

人物・来歴編集

千葉市に生まれ、1955年昭和30年)に東京医科大学を卒業[2][3]。その後、パリ大学において、薬物がその神経への効果を通していかにして人間の行動に影響するかを研究する、神経精神薬理を専攻した[4]

さらに1958年昭和33年)から1967年昭和42年)までフランス保険医療研究局(INSERM)に科学者として勤務し、同分野での基礎研究と臨床研究を継続した[2]1967年昭和42年)、東京に戻り、日本ロシュの研究センターにおけるディレクターに就任した[2]

1974年昭和49年)、科学者として世界保健機関(WHO)に入職[2]。薬剤評価などに携わり、1976年昭和51年)には薬剤政策管理部門(Drug policies and management unit)のチーフに昇進した[2]。さらに、1978年昭和53年)からは西部太平洋地域のディレクター(Regional director)を2期10年に渡って務めた[2]

1988年昭和63年)、第4代WHO事務局長(Director-General)に選出され[1]1993年平成5年)の再選を経て、2期10年に渡って同職を務めた後に引退した[2]。在任中には、特にAIDS対策に関する活動が評価された。

2000年平成12年)、勲一等瑞宝章を受章[2][5]

2013年(平成25年)1月26日、私邸を構えていたポワチエ(フランス)の病院にて死去[1]。84歳没。叙従三位

家族・親族編集

中嶋は、妻マーサとの間に2人の息子を授かっている。

脚注編集

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注釈・出典編集

  1. ^ a b c 中嶋宏元WHO事務局長死去=日本人初の国際機関トップ 時事通信 2013年1月28日閲覧
  2. ^ a b c d e f g h Fifty Regional Directors Fifty years of the world health organization in the western pacific region
  3. ^ 卒業年を1954年昭和29年)としている資料もある
  4. ^ Hiroshi Nakajima, Britanica Online Encyclopedia, 平成23年4月20日閲覧
  5. ^ 「2000年秋の叙勲 勲三等以上と在外邦人、外国人、在日外国人の受章者一覧」『読売新聞』2000年11月3日朝刊