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千葉市

日本の千葉県の政令指定都市。県庁所在地

千葉市(ちばし、:Chiba City)は、東京大都市圏における千葉県の中央部に位置する同県の県庁所在地政令指定都市および業務核都市。市内にはアジア地域有数の国際見本市で有名な幕張メッセ国際拠点港日本三大貿易港千葉港を有する京葉工業地帯の中核都市でもある。

ちばし
千葉市
JFEスチール 東日本製鉄所 千葉市立 郷土博物館 幕張メッセ 千葉 ポートタワー マリンスタジアム 幕張新都心
千葉市旗 千葉市章
千葉市旗 千葉市章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12100-2
法人番号 6000020121002
面積 271.77km2
総人口 977,247[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 3,596人/km2
隣接自治体 佐倉市四街道市習志野市八千代市八街市東金市大網白里市市原市茂原市
市の木 ケヤキ
市の花 大賀ハス
他のシンボル 市の花木:キョウチクトウ
市の鳥:コアジサシ
千葉市役所
市長 熊谷俊人
所在地 260-8722
千葉県千葉市中央区千葉港1番1号
北緯35度36分26.2秒東経140度6分22.9秒
千葉市役所
外部リンク 千葉市

千葉市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

千葉市行政区画図

特記事項 市章は1921年5月8日告示
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国家戦略特区都市再生特別地区国際会議観光都市、グローバルMICE都市[1]に指定されており首都圏のなかでも多種業務機能が集積した首都機能の一翼を担い、幕張新都心を中心に先端技術産業の集積地としての世界に開かれた国際都市の役割を担う。

目次

概要編集

大治元年1126年千葉氏の実質的な初代当主である千葉常重猪鼻台に居館を築いたことにより町が形成(現千葉城周辺)。明治6年(1873年)、県庁が千葉町に置かれたことにより、県内の政治・経済・文化の中心地、また交通の要衝として発展[2]。約100万規模を有する千葉県最大の都市へと成長した。日本12番目に多くの人口を抱える市であり、市域には多くの国道や高速道路が集まり、また県内鉄道網の要となっている都市である。東京都心成田国際空港の中間地点に位置することから首都圏のなかでも幕張新都心千葉港のような国際的な役割としても重要なグローバル都市としての役割が強い。

昼夜間人口比率97.5%[3]ベッドタウンとしての機能都市が多い首都圏の中では昼間人口が高く、企業・商業集積を持つ一方で、独立した支店経済都市として東京都心だけに依存しない独自の経済圏を形成している。東京都特別区部への通勤率は20.0%(平成27年国勢調査)。

都市計画編集

千葉市には、都心新都心副都心と異なる名称を与えられた地区があるが、3者とも機能的には「都心」としている。

千葉市都市計画マスタープラン[4]によると下記のような集約型都市構造としている。

行政区概要編集

市内は6つの行政区が設置されている。

  • 中央区 - 千葉県伝統の政治・経済・文化の中心地
  • 美浜区 -「職・住・学・遊」が融合した未来型の国際都市をコンセプトにした新都心を核とした国際街区
  • 稲毛区 - かつて文人たちに愛された海辺の保養地、千葉市随一の文教地区
    • 重要地域拠点(稲毛
      • 生活拠点(西千葉
      • ニュータウン(千草台)
      • 稲毛区役所、〒263-8733、住所:千葉市稲毛区穴川4-12-1
  • 花見川区 - 桜並木が点在し、美しい河川景観をつくり、大規模な住宅造成地区
  • 若葉区 - 縄文時代の大規模住居地区と周辺自然地形が残る街
    • 重要地域拠点(都賀
      • 生活拠点(千城台
      • ニュータウン(大宮団地、千城台、東寺山)
      • 若葉区役所、〒264-8733、住所:千葉市若葉区桜木北2-1-1
  • 緑区 - 区民ひとり当たり都市公園面積が市内でもっとも広い自然豊かな地区
    • 重要地域拠点(鎌取
      • 生活拠点(土気誉田
      • ニュータウン(おゆみ野あすみが丘、あすみが丘東、千葉東角栄団地)
      • 緑区役所、〒266-8733、住所:千葉市緑区おゆみ野3-15-3

地理編集

千葉県のほぼ中西部、中心市街地は東京都心と成田国際空港の中間地点(約40キロメートル)に位置する。地形は、臨海部および各河川下流域に広がる平地と、周辺部の台地・谷津から構成される。郊外や臨海部を中心に大規模な住宅団地が多くある一方、若葉区緑区には自然が多く残されており、森林や田畑の広がる豊かな自然環境と住宅地が共存している。かつての海岸線は現在の国道14号国道357号国道16号をなぞる線にほぼ等しく、遠浅の海が広がっていたが、高度経済成長期以降の大規模な海面埋立により新たに広大な土地が誕生した。美浜区のほぼ全域及び中央区の一部がこれに該当する。現在の海岸線は中央区部分ではほぼ工業施設または港湾で占められている一方、美浜区部分には長大な人工海浜(いなげの浜、検見川の浜、幕張の浜)も造成されている。美浜区全域、中央区と花見川区の一部を除いて標高20メートル以上の下総台地に位置しており、緑区土気町等標高90m以上に位置する地域も存在する。なお最高地点は緑区板倉町の標高103.6メートル、最低地点は美浜区豊砂の標高0.7メートルである。

気候編集

地域によって気候は異なるが一般には、夏季はそれほど猛暑にはならず、冬季も若葉区や緑区など内陸部を除き、暖かくて温和な太平洋側気候である。年平均気温は過ごしやすい15.7度である。

千葉特別地域気象観測所(旧千葉測候所)の観測によると、1月の平均気温は5.7℃、最低気温は1.9℃と高く、沿岸部は東京湾からの風や高い水温の影響で冬日になることは少なく、過去最低気温(1966年4月 - )は-5.2℃(1967年2月13日)とかなり高い。一方、若葉区、緑区などの内陸部は風が弱く、放射冷却により冬日になりやすく氷点下まで冷え込むこともある。そのため中央区の港湾部に立地し都市部特有のヒートアイランドによる影響も強い千葉特別地域気象観測所の観測気温と内陸部の気温とでは大きく異なることがある。実際に千葉特別地域気象観測所では2016年1月24日から25日にかけての寒波の時、南西諸島伊豆諸島小笠原諸島などの島嶼部を除いた全国の観測地(気象官署・アメダス)の中で唯一冬日を観測しなかった。

8月の平均気温は26.7℃、最低気温は23.9℃であり、共に県内の気象観測地点の中では高めの傾向にある。これは、ヒートアイランドの影響に加え、海の側に立地する千葉特別地域気象観測所は東京湾から吹き付ける湿度の高い熱風の影響で夜になっても気温が下がりにくいからである。そのため、東京湾沿岸地域の日中は海のない都道府県内陸部のような猛暑(40℃以上)とはなりにくいものの、夜は蒸し暑くなりやすい。過去最高気温は38.5℃(2015年8月7日)である。

冬季、南関東を南岸低気圧が通過する場合、千葉市付近は暖気と寒気の境界線となりやすく、県内北西部(東葛・葛南地域)や東京・横浜が大雪の場合でも県内南部(君津・木更津地域)などでは雨や霙となり、それほどの積雪量にならない場合も多く、年間平均降雪量も8センチと東京(11センチ)や横浜(13センチ)に及ばない。しかし、寒気の引き込みが強い場合は、標高が100メートル前後と高く気温が低い地区(緑区土気周辺など)で降雪量が多くなりやすく、毎年10センチ前後の積雪となるのも珍しくない。過去に1951年2月14日から15日にかけての関東平野部(一)では記録的大雪を観測しており、南岸低気圧の影響で内陸部の白井(現若葉区野呂町)で133センチ、市街地に近い仁戸名(現中央区仁戸名町)で91センチ、市街地の都(現中央区都町)で80センチ[5]の積雪となったことがあるなど、低気圧の進路や寒冷渦の影響などによっては稀に雪の積雪量が多くなることがある。近年では、2014年2月8日から2月9日にかけて積雪33センチを記録し、特に内陸の若葉区や緑区土気などを中心に、積雪が40センチ - 50センチ前後にまで達した地点もあった。1966年の観測開始以来市内最大の大雪となった。

 
市街地を流れる葭川
千葉(1981 - 2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 9.8
(49.6)
10.2
(50.4)
13.2
(55.8)
18.3
(64.9)
22.3
(72.1)
25.0
(77)
28.6
(83.5)
30.5
(86.9)
26.9
(80.4)
21.8
(71.2)
16.9
(62.4)
12.4
(54.3)
19.66
(67.38)
日平均気温 °C (°F) 5.7
(42.3)
6.1
(43)
8.9
(48)
14.0
(57.2)
18.3
(64.9)
21.3
(70.3)
25.0
(77)
26.7
(80.1)
23.3
(73.9)
18.0
(64.4)
12.9
(55.2)
8.3
(46.9)
15.71
(60.27)
平均最低気温 °C (°F) 1.9
(35.4)
2.3
(36.1)
5.0
(41)
10.1
(50.2)
14.8
(58.6)
18.4
(65.1)
22.3
(72.1)
23.9
(75)
20.5
(68.9)
14.9
(58.8)
9.2
(48.6)
4.4
(39.9)
12.31
(54.14)
降水量 mm (inch) 59.6
(2.346)
59.5
(2.343)
110.0
(4.331)
110.4
(4.346)
112.5
(4.429)
149.9
(5.902)
122.5
(4.823)
134.3
(5.287)
200.4
(7.89)
185.9
(7.319)
91.5
(3.602)
51.5
(2.028)
1,388
(54.646)
降雪量 cm (inch) 3
(1.2)
4
(1.6)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
8
(3.2)
湿度 55 57 63 68 72 79 80 78 78 73 67 59 69.1
平均月間日照時間 185.1 162.3 160.3 174.1 172.3 125.2 153.0 190.0 127.7 135.6 142.0 176.1 1,903.7
出典: 気象庁

主要な河川編集

一級河川
二級河川
  • 浜田川水系:浜田川
  • 都川水系:都川葭川、支川都川、坂月川
  • 浜野川水系:浜野川
  • 生実川水系:生実川
  • 村田川水系:村田川、ミカダ川

歴史編集

古代編集

日本後紀大同元年正月癸巳(1月28日)(806年2月20日)条に、「千葉国造(ちはのくにのみやつこ)大私部直(おおきさいべのあたい、直はカバネ)善人」という人物が登場しており、大化の改新以前より千葉に国造が置かれていた可能性が高く、律令制成立後も下総国千葉郡と呼ばれるが成立した。更に『倭名類聚鈔』には千葉郡にあった7つのの1つに「千葉郷」と呼ばれる郷があったことが記されており、同郷は現在の稲毛区穴川・黒砂付近を指していたと考えられている。

千葉氏の本拠地編集

平安時代千葉氏の祖、平常重が千葉郡千葉郷・池田郷一帯に千葉荘を開き、池田郷亥鼻拠点を築いて千葉介を名乗る。以後子孫が室町時代まで下総国守護職として周辺を支配した。

しかし、享徳の乱に乗じた原胤房馬加康胤によって千葉胤宣が討たれ、千葉氏宗家が滅びた後は、千葉妙見宮の小さな門前町となった。

徳川藩政時代編集

江戸時代には、現在の千葉市域の大半が佐倉藩の所領となった他、市域内に生実曽我野の2小藩が置かれた。その他に幕府領(天領および旗本・与力知行所)となっている地域もあった。

戊辰戦争終結から第二次大戦終結まで編集

戊辰戦争後の明治4年7月14日1871年8月29日)の廃藩置県では、現千葉市は印旛県の領内に入れられた。しかし、1873年(明治6年)には印旛県木更津県が合併されて千葉県が設置され、旧両県の境で千葉氏の本拠地でもあった現千葉市(亥鼻地区)に県庁が設置され、これ以後は千葉県の県庁所在地として発展することとなる。

市制施行により千葉市が誕生したのは、1921年大正10年)1月1日のことである。この時点での市域は、現在の中央区の北半分から稲毛区の南東部にわたり、これは1889年明治22年)に設定された千葉町の町域をそのまま引き継いだものであった。その後、徐々に周辺の町村を編入するとともに、海面の埋め立てを進め、現在の広大な市域が成立した。戦前、現在の川崎町の埋立地に日立航空機製作所と日立製作所などの軍施設が集中する軍都として発展したが、1945年(昭和20年)6月10日と7月7日に連合国軍による大規模な空襲(千葉空襲七夕空襲)に見舞われ、市域の7割が壊滅する甚大な被害を受けた。

第二次大戦後編集

戦後、宮内三朗市長(名誉市民第1号)の元で大規模な埋め立てと市町村合併が行われ、京葉工業地域の中心都市として再建された。現在の緑区のうち、旧土気町であった部分はかつては上総国山辺郡(今の山武郡)に属していた地域である。

2003年平成15年)2月、隣接する四街道市の住民の発議によって法定合併協議会が設置され、千葉市への編入として行政区名を「四街道区」とする方針が決まったが[6]、四街道市議会内で編入への賛否が拮抗したことから賛成派・反対派双方による発議により編入の是非を問う住民投票が行われることになり[7]2004年(平成16年)5月16日の投票で反対意見が賛成を上回り[8]6月28日に千葉県に合併協議会の解散を届け出て編入は白紙となった[9]

年表編集

 
1930年頃(昭和初頭)の千葉市周辺の地図。

地域編集

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、1.05%増の971,882人であり、増減率は県下54市町村中12位、60行政区域中15位。

 
千葉市と全国の年齢別人口分布(2005年) 千葉市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 千葉市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
千葉市(に相当する地域)の人口の推移
 
総務省統計局 国勢調査より

市街地編集

千葉市の中心市街地は千葉都心(千葉駅から千葉中央駅本千葉駅千葉みなと駅周辺)、蘇我副都心幕張新都心近辺に位置するが、東部の千葉都心、蘇我副都心と、西部の幕張新都心に大きく二分されている(詳細は後述の#商業の節)。一般的に「千葉市街地」というと千葉駅から千葉中央駅にかけて、もしくは千葉都市モノレール1号線沿い(千葉みなと駅から県庁前駅間)にかけての市街地を指すことが多い[17]

千葉都心編集

千葉市街地編集

JR東日本「千葉駅」から京成電鉄「千葉中央駅」、千葉都市モノレール「葭川公園駅」にかけての中心市街地富士見地区から中央地区)には企業のオフィスビル銀行や商業施設、家電量販店などが林立する繁華街となっており、関東有数の市場規模を誇る巨大商圏となっている[18]。また市街地中心部に位置する中央公園(葭川公園駅最寄り)は市民の憩いの場として様々なイベントが行われている[19]

千葉駅には駅ビル(ペリエ千葉)、複合施設(ウェストリオ)、ホテルサンルート千葉)、センシティセンシティタワーそごう千葉店オーロラモールジュンヌ)、商業施設(シーワン)が入居・接続しており、千葉中央駅にはシーワンと接続の商業施設(ミーオ)、ホテル(京成ホテルミラマーレ)、シネマコンプレックス(京成ローザ10イースト・ウエスト)などを有している。千葉駅から千葉中央駅の両駅間は約1キロメートルほどの商業施設(建物)で繋がっている。

市街地は地場資本の奈良屋(後に専門店ビル・セントラルプラザ)・田畑(後の千葉パルコ)・扇屋(後にジャスコ傘下入り)といった百貨店が並び、ダイエー丸井十字屋緑屋が進出するなど活況を呈していたが、現在では駅直結のそごう千葉店、オーロラモールジュンヌなど駅付近に商業施設が集中し、駅から離れた場所にあった商業施設はマンションなどに転用されている。また、市街地から少し逸れた中央区栄町地区は、かつては県下一の賑わいをみせていたが、千葉空襲の被害を受けたあと、風俗店キャバレーコリアンタウン、小料理屋などが集中する歓楽街と化し、国鉄千葉駅が現在の位置に移転した後は商業拠点も駅に近い中央区富士見地区に移転した。市は地元商店会と共に栄町の再生に取り組み始めている[20]

駅周辺は都市再生緊急整備地域に指定されており、千葉駅東口地区、西口地区の再開発事業が続いている[21][22]

本千葉編集

  • 本千葉駅周辺(本千葉町、本千葉ビル)
  • 市場町地区(官庁街
  • 亥鼻・葛城地区(文教地区

千葉市の古くからの中心部であり、周辺は官庁街のほか、千葉大学(医、薬、看護)をはじめ千葉県立千葉中学校・高等学校などが集約する文教地区として知られる。JR東日本「千葉駅」から千葉都市モノレール「県庁前駅」周辺には、かつての下総国守護所があった亥鼻城跡亥鼻公園)を囲むように、千葉県庁千葉県議会棟庁舎、千葉県警察本部、千葉市消防局千葉地方検察庁千葉区検察庁千葉地方裁判所千葉家庭裁判所など行政機関が集中する。

千葉港編集

  • 千葉みなと駅周辺(千葉港、中央港、千葉ポートタウン、ケーズハーバー)

JR東日本「千葉みなと駅」周辺には国際拠点港湾である千葉港の港湾地区を中心に千葉市役所千葉ポートスクエア千葉みなと桟橋ケーズハーバー千葉ポートタワー千葉県立美術館ミハマニューポートリゾート、ベイサイドパーク迎賓館、日本勧業銀行本店(現千葉トヨペット本社)など港湾都市ウォーターフロントの開発が集中する。

蘇我副都心編集

蘇我地区は戦災復興の一環として誘致された川崎製鉄の企業城下町である。千葉市は、蘇我駅周辺地区を千葉都心・幕張新都心に続く第三の都心と位置付け、2003年から川崎町地区の旧川鉄千葉製鉄所のほぼ全域と蘇我駅周辺地区を含めた蘇我臨海地区土地区画整理事業を開始し、大型商業施設や球技場を中核とした商業地区や公園施設の整備が行われている。これに伴い、土地区画整理後に商業施設やフクダ電子アリーナが建設され、将来的な周辺人口増による利用者増を見越して、千葉市とJR東日本により駅施設の拡充が行われている。2004年8月に駅本屋の拡充が、2005年に西口駅前広場の整備が終了している。JR東日本「蘇我駅」周辺にはハーバーシティ蘇我などの大型商業施設やジェフユナイテッド市原・千葉のホームスタジアムであるフクダ電子アリーナJFEスチール東日本製鉄所などが整備されている。

幕張新都心編集

幕張新都心地区には、大規模見本市や国際会議などが開かれる幕張メッセ国際展示場国際会議場)・幕張イベントホールをはじめ、日本を代表する多国籍企業外資系企業が入居する超高層ビルワールドビジネスガーデン幕張テクノガーデン)、宿泊施設および大規模商業施設が数多く進出しており、国際機関および国家機関官公庁)の研究・研修機関を中心とした教育・研究施設や、幕張ベイタウン・幕張ベイパークの中高層マンション群などにより「職・住・学・遊」の複合機能の集積が進む。ベイエリアには、人工海浜ヨットハーバーなどが整備されている。最寄り駅はJR東日本「海浜幕張駅」。

プロ野球チーム千葉ロッテマリーンズの本拠地である千葉マリンスタジアムを有し、本田圭佑自社グラウンド(ZOZOPARK HONDA FOOTBALL AREA)やサッカー日本代表出場選手の新拠点(JFA夢フィールド)、国際千葉駅伝レッドブル・エアレース・ワールドシリーズ日本会場(幕張海浜公園)、2020年東京オリンピックパラリンピック競技会場(幕張メッセ)など、一大スポーツ拠点ともなっている。

東京都心東京国際空港成田国際空港のほぼ中間地に位置するため、そのアクセスの良さから年間約2,700万人が訪れる。

重要地域拠点・生活拠点編集

各区の重要地域拠点(稲毛幕張都賀鎌取)、生活拠点(検見川浜稲毛海岸土気誉田千城台西千葉検見川幕張本郷浜野)の市街地はそれぞれの拠点駅前を中心に形成されている。生活拠点地区は駅前に拠点性を持つ大型商業施設(複合施設)がある。

インフラ整備の状況編集

産業編集

工業編集

臨海部(中央区川崎町、新浜町、蘇我町、美浜区新港を中心とした地域)は千葉港を中心とした京葉工業地域の一角をなし、中央区部分にはJFEスチール東日本製鉄所(旧川崎製鉄千葉製鉄所)、東京電力千葉火力発電所などが所在し、美浜区新港には食品金属加工関連の事業所が多い。また、北部地域(花見川区千種町、稲毛区六方町を中心とした地域)では、鉄鋼加工や機械工業が盛んである。

商業編集

 
幕張新都心(メッセモール)

第二次大戦前には旧省線千葉駅(のちの旧国鉄千葉駅 (初代))、旧京成千葉駅、県庁を結ぶ現・栄町通りがメインストリートとなっていた。しかし、戦災(千葉空襲)を経て第二次大戦後の都市整備に伴い、両千葉駅が移転したことで新駅周辺に商業集積が移動。特に国鉄千葉駅(二代目。現JR千葉駅)前にはそごう千葉店ニューナラヤ(現・千葉三越跡)といった大型小売店が店舗を構えたことから、千葉県最大・関東有数の商業拠点として栄えてきた。

バブル景気の時期には、幕張新都心、蘇我副都心、千葉みなと等の臨海部に商業施設が建設され、郊外での大型ショッピングセンターなどが相次いで建設された。これ以来、地域が幕張美浜区)を中心とした西半分と、亥鼻城近辺中央区)を中心とする東半分に大きく二分されている。

概して、幕張新都心は大企業多国籍企業が多く立地し、中心市街地(JR千葉都市モノレール千葉駅、JR東千葉駅、JR本千葉駅亥鼻城近辺)は古くからの地元商店街的な色彩が目立つ。

また、一部の企業が支店や支社を千葉市に置いて千葉県と茨城県を管轄下に置いているケースも見られ、広義の東関東の拠点都市としての機能がある。

農業編集

東京大都市圏近郊型農業地。都市化の進展による農地の減少が課題となってはいるが、若葉区や緑区、花見川区北部に農地が広がる。

市街地の後背部に都市近郊の優良農地を有し、水田を中心とした土地基盤整備を始め、施設・機械の近代化など生産基盤の強化を図る。農業生産基盤である農地は、本来の生産機能の他に、防災機能、治水機能、環境保全・自然景観の保持やレクリエーションの場の提供など、都市の緑の空間としても重要な役割を果たしている[23]。落花生やニンジンなどの畑作が中心だが、ブドウや梨などの果樹栽培もある。酪農も盛んで、飼養頭数、産出額は県下2位である[23]。また落花生の生産量、作付け面積共に、隣接する八街市についで全国2位である[24]

企業編集

千葉市に本社・本店を置く企業編集


行政編集

千葉市役所を中心として6つの区が設置されている。

行政区編集

以下の6区で構成されている。人口は2015年(平成27年)10月1日現在の推計人口

区名 人口 面積 イメージカラー
中央区 204,640人 44.69km2 エネルギッシュ・レッド
花見川区 178,449人 34.19km2 フラワーピンク
稲毛区 158,890人 21.22km2 ブライト・イエロー
若葉区 150,950人 84.21km2 フレッシュ・グリーン
緑区 126,935人 66.25km2 エバー・グリーン
美浜区 148,579人 21.20km2 マリンブルー

2000年平成12年)には市制施行80周年を記念して、各区の「イメージカラー」と「シンボルマーク」が発表された。

なお、シンボルマークの使用については各区の許可が必要である。

首長編集

ここでは、現職首長などについて解説した後、現在自治体の前身である千葉町の歴代首長と、現在自治体である千葉市の歴代首長について、順を追って解説する。

千葉市現職市長編集

1期目 - 2009年(平成21年)6月15日[26][27] - 2013年(平成25年)6月14日[25]
2期目 - 2013年(平成25年)6月15日[25] - 2017年(平成29年)6月14日[25]
3期目 - 2017年(平成29年)6月15日 -
※任期満了日は2021年(平成33年)6月14日。
  • 副市長 - 鈴木達也:2014年(平成26年)7月1日選任。※任期満了日は2018年(平成30年)6月30日。
  • 副市長 - 神谷俊一:2015年(平成27年)4月1日選任。※任期満了日は2019年(平成31年)3月31日。

千葉町歴代町長編集

千葉市歴代市長編集

首長の代数(歴代)の数え方は何種類もあるが、本節では a, b を添える形で書き分けながら解説する。表示欄では「代a」「代b」という名で2種類を記載した。a は就任のあるたびにカウントする方式に基づく代数であり、b は同一人物による連続就任をカウントしない方式に基づく代数である。千葉市は a の方式を採っているが(他の例:八王子市弘前市[1]浜松市[2])、b の方式を採る自治体も多く(例:京都市[3]大垣市[4])、a と b の違いを認識しないまま単純に比較すると誤解が生まれる。なお、返り咲きがあろうとも同一人物を1カウントとする方式もあるが、これを千葉市に当てはめた場合、b から1代(加納金助)を引く。

代a 代b 氏名 就任年月日 退任年月日 備考
神田 清治(かんだ きよはる)
1921年大正10年)1月1日 1921年(大正10年)4月20日[* 1] 千葉町が1月1日付で市制を施行し、前日に千葉町長を退任した神田清治が、市長臨時代理者に就任した。
1
1
1921年(大正10年)4月20日 1924年(大正14年)7月3日 初代市長に就任。在任1年を超えたところで発生した部下の汚職事件に絡んでの言動が政治への不信感につながり、引責辞任に追い込まれる。
2
2
久保 三郎(くぼ さぶろう)
1924年(大正14年)8月4日 1928年昭和3年)8月13日 1期4年を満了。
3
3
神谷 良平(かみや りょうへい)
1928年(昭和3年)8月14日 1932年(昭和7年)7月10日 1期4年を満了せず。
4
4
財部 実秀(たからべ さねひで)
1932年(昭和7年)7月11日 1933年(昭和8年)8月8日 1期4年を満了せず。
5
5
加納 金助(かのう きんすけ)
1933年(昭和8年)8月9日 1934年(昭和9年)12月21日 1期4年を満了せず。
6
6
永井 準一郎(ながい じゅんいちろう)
1934年(昭和9年)12月22日 1938年(昭和13年)12月某日 1期目4年を満了。
7
1938年(昭和13年)12月某日 1942年(昭和17年)12月某日 2期目4年を満了。
8
1942年(昭和17年)12月某日 1946年(昭和21年)4月某日 3期目4年を満了せず。
9
7
加納 金助
1946年(昭和21年)6月8日 1947年(昭和22年)4月某日
10
1947年(昭和22年)4月某日 1950年(昭和25年)5月19日
11
8
宮内 三朗(みやうち さぶろう)
1950年(昭和25年)5月20日 1954年(昭和29年)5月17日 1期目4年を満了か。
12
1954年(昭和29年)5月18日 1958年(昭和33年)4月19日 2期目4年を満了か。
13
1958年(昭和33年)4月20日 1962年(昭和37年)4月21日 3期目4年を満了か。
14
1962年(昭和37年)4月22日 1966年(昭和41年)4月21日 4期目4年を満了か。
15
1966年(昭和41年)4月22日 1970年(昭和45年)5月16日 5期目4年を満了せず。
16
9
荒木 和成(あらき かずなり)
1970年(昭和45年)5月17日 1974年(昭和49年)4月22日 1期目4年を満了。
17
1974年(昭和49年)4月23日 1977年(昭和52年)7月9日 在任中に急病死。
18
10
松井 旭(まつい あさひ)
1977年(昭和52年)7月10日 1981年(昭和56年)6月13日
19
1981年(昭和56年)6月14日 1985年(昭和60年)6月15日?
20
1985年(昭和60年)6月16日 1989年平成元年)6月17日?
21
1989年(平成元年)6月18日 1993年(平成5年)6月19日?
22
1993年(平成5年)6月20日 1997年(平成9年)6月15日?
23
1997年(平成9年)6月15日 2001年(平成13年)6月30日?
24
11
鶴岡 啓一(つるおか けいいち)
2001年(平成13年)7月1日 2005年(平成17年)6月30日 1期目4年を満了。
25
2005年(平成17年)7月1日 2009年(平成21年)5月1日 2期目4年の満了を目前にするなか、次期市長選への不出馬を表明していたが、在任中に収賄容疑で逮捕され、5月1日付で市長を辞職。
藤代 謙二(ふじしろ けんじ)
2009年(平成21年)5月1日 2009年(平成21年)6月14日[* 1] 逮捕に伴う市長の辞職を受けて、藤代謙二副市長が職務代行を務める。
26
12
熊谷 俊人(くまがい としひと)
2009年(平成21年)6月14日 2013年(平成25年)6月13日 当時の最年少(31歳5か月)で当選。任期満了。
27
2013年(平成25年)6月14日 2017年(平成29年)6月13日 再選した際、歴代最多得票数を更新。任期満了。
28
2017年(平成29年)6月14日
( 現 職 )
3期目。任期満了日は2021年(平成33年)6月13日。

過去の千葉市長選挙編集

2013年(平成25年)5月26日千葉市長選挙 投票率 31.35% 有権者数 754,499人 有効投票数 236,515人
当落 得票数 候補者 党派 市長歴
175,126 熊谷俊人 無所属
30,087 黒須康代 無所属
27,639 今村敏昭 無所属
2009年(平成21年)6月14日千葉市長選挙 投票率43.50% 有権者数 741,913人 有効投票数 322,732人
当落 得票数 候補者 党派 市長歴
170,629 熊谷俊人 無所属
117,560 林孝二郎 無所属
30,933 ゆうき房江 共産党
2005年(平成17年)6月19日千葉市長選挙 投票率37.20% 有権者数 有効投票数
当落 得票数 候補者 年齢 党派 市長歴
96,600 鶴岡啓一 65歳 無所属(自推薦・公支持)
84,933 奥野総一郎 40歳 無所属(民推薦)
47,426 島田行信 64歳 無所属
34,729 結城房江 61歳 無所属(共推薦)

議会編集

市議会編集

  • 定数:54名
  • 任期:2015年(平成27年)5月1日〜2019年(平成31年)4月30日
  • 議長:向後保雄(自由民主党千葉市会議員団)
  • 副議長:白鳥誠(未来民主ちば)

会派編集

会派名 議員数 所属党派 議員名(◎は代表)
自由民主党千葉市議会議員団 17   自由民主党             ◎小松﨑文嘉、松坂吉則、中島賢治、岩井雅夫、石川弘、植草毅、秋葉忠雄、阿部智、川村博章、宇留間又衛門、小川智之、三須和夫、石井茂隆、森茂樹、茂手木直忠、米持克彦、石橋毅
未来民主ちば 12 国民民主党7人、立憲民主党1人、無所属4人 ◎段木和彦、山本直史、三井美和香、佐々木久昭、布施貴良、亀井琢磨、田畑直子、川合隆史、麻生紀雄、蛭田浩文、白鳥誠、三瓶輝枝
公明党千葉市議会議員団 8 公明党 ◎近藤千鶴子、森山和博、酒井伸二、桜井秀夫、青山雅紀、伊藤康平、村尾伊佐夫、川岸俊洋
日本共産党千葉市議会議員団 7 日本共産党 ◎福永洋、中村公江、盛田眞弓、吉田直義、椛澤洋平、佐々木友樹、野本信正
市民ネットワーク 3 市民ネットワーク千葉県 ◎松井佳代子、岩﨑明子、渡辺忍
無所属 1 無所属3名 橋本登、櫻井崇、向後保雄

※2015年5月22日現在[28]

千葉県議会(千葉市選出)編集

  • 定数:14名
  • 任期:2015年(平成27年)5月15日〜2019年(平成31年)5月14日
選挙区 氏名 会派名
中央区 (3) 本間進 自由民主党千葉県議会議員会
佐野彰 自由民主党千葉県議会議員会
網中肇 立憲民主党千葉県議会議員会
花見川区 (3) 宍倉登 自由民主党千葉県議会議員会
田村耕作 公明党千葉県議会議員団
寺尾賢 日本共産党千葉県議会議員団
稲毛区 (2) 阿部紘一 自由民主党千葉県議会議員会
天野行雄 千葉民主の会
若葉区 (2) 山中操 自由民主党千葉県議会議員会
田中信行 千葉民主の会
緑区 (2) 関政幸 自由民主党千葉県議会議員会
竹内圭司 千葉民主の会
美浜区 (2) 河野俊紀 立憲民主党千葉県議会議員会
臼井正一 自由民主党千葉県議会議員会

衆議院編集

選挙区 議員名 党派名 当選回数 備考
千葉県第1区中央区稲毛区美浜区 門山宏哲 自由民主党 3 選挙区
田嶋要 無所属 6 比例復活
千葉県第2区花見川区など) 小林鷹之 自由民主党 2 選挙区
千葉県第3区緑区など) 松野博一 自由民主党 7 選挙区
岡島一正 立憲民主党 3 比例復活
千葉県第9区若葉区など) 秋本真利 自由民主党 3 選挙区
奥野総一郎 国民民主党 4 比例復活

姉妹・友好都市編集

 
千葉みなと駅近くの臨港プロムナードに建つ友好都市のモニュメント。2005年1月撮影

姉妹都市編集

  •   アスンシオン市パラグアイ共和国首都
    1970年(昭和45年)1月1日 姉妹都市を締結。パラグアイ駐在名誉領事より都市提携について熱心な申し出があり、また1968年(昭和43年)8月パラグアイ国大統領の就任式へ千葉県選出の代議士が日本の特派大使としてパラグアイを訪問したことを機会に提携の気運が高まり。千葉市制50年目を記念して姉妹都市を提携。
  •   ノースバンクーバー市カナダブリティッシュコロンビア州
    1970年(昭和45年)1月1日 姉妹都市を締結。元々は、両市のライオンズクラブが姉妹関係を結んでいたが、市民対市民の友好関係を深めるために、両市が姉妹都市を結ぶ必要がある旨の申し出を千葉市のライオンズクラブが千葉市に提出。両市議会が満場一致し、千葉市制50年目を記念して姉妹都市を締結。
  •   ヒューストン市アメリカ合衆国テキサス州
    1972年(昭和47年)10月24日 両市長提携調印に署名。1972年(昭和47年)3月ヒューストン市長が日本貿易振興会の招きで来日。都市形態のよく似ている都市との姉妹都市提携を結びたいという旨から、千葉市との姉妹都市提携の運びとなった。
  •   ケソン市フィリピン共和国
    1972年(昭和47年)11月9日 提携調印書に署名。元々は、千葉青年会議所とケソン青年会議所が1964年(昭和39年)に姉妹会議所となり、様々な親交交流を続けてきた事に由来する。千葉青年会議所から、両都市が姉妹関係を結ぶことが望ましい旨の提案から提携の運びとなった。
  •   モントルー市スイス連邦
    1996年(平成8年)5月28日 姉妹友好協定書に調印[15]1995年(平成7年)6月、議会や市民の代表からなる「新たな姉妹・友好都市提携懇談会」を設置[29]。以後、懇談会及び現地調査を実施し、スイス連邦モントルー市が適当であるとの答申から決定した[30]

友好都市編集

  •   天津市中華人民共和国
    1986年(昭和61年)5月7日 友好都市締結調印。日中友好平和条約が締結されて以来、青少年スポーツ団体の交流、国鉄千葉駅と天津駅の友好駅としての交流等が行われてきた。1982年(昭和57年)4月日中友好千葉市訪中団が天津市を訪問。1983年(昭和58年)7月李瑞環天津市長一行が来葉し友好都市提携などについて話し合いが行われた。1986年(昭和61年)5月締結代表団一行が天津市を訪問し、友好都市締結調印の運びとなった。
  •   呉江市(中華人民共和国江蘇省
    1996年(平成8年)10月10日友好都市提携協定書に調印。1995年(平成7年)6月「新たな姉妹・友好都市提携懇談会」を設置し[29]、懇談会及び現地調査を実施し、アジアでは中華人民共和国江蘇省呉江市が適当との答申から決定した[30]

教育編集

学校教育編集

大学編集

※ 千葉市内に本部を置く大学は太字で表示

国公立

私立

短期大学編集

私立

専修学校編集

私立32校の専修学校がある。千葉県専修学校一覧#千葉市参照。

高等学校編集

県立

市立

私立

小学校・中学校編集

千葉市の小学校・中学校の数は、以下の表の通り(千葉市教育委員会事務局、学校教育部学事課より)。

設置者 小学校 中学校
千葉市立 113校(1分校) 56校
国立 1校 1校
千葉県立 - 1校
私立 1校 3校

学校名のリストおよび各学校の記事については、各区記事および千葉県小学校一覧#千葉市千葉県中学校一覧#千葉市を参照。

特別支援学校編集

国立

県立

市立

各種学校編集

千葉市のナンバースクール編集

中学校 1947年(昭和22年)から、以下の中学校はナンバースクールであった。 1952年(昭和27年)の新宿中学校蘇我中学校の開校により、ナンバースクールは廃止された。

※ 四中の椿森中学校は、校舎が定まらず翌1948年(昭和23年)に開校した。

現在では、千葉市にナンバースクールがあったことを知っている人は少なくなったが、緑町中学校の校章が数字の「五」を象っていることや、中学校の名簿の順番が加曽利中学校から始まることなどに名残が残っている。

高等学校 1950年(昭和25年)から1961年(昭和36年)まで、以下の高等学校はナンバースクールであった。

千葉市周辺では、今でも千葉高等学校のことを「いちこう」(一高)と呼ぶ人がいる。

千葉二高時代には、若干ではあるが男子がいて、現在でも千葉女子高等学校出身の老齢の紳士がいるらしい。

学校教育以外の教育訓練施設編集

文化施設編集

博物館編集

科学館編集

美術館編集

動物公園・植物園編集

文化ホール編集

コンベンションセンター編集

市民活動センター編集

スポーツ施設・公園編集

千葉市の施設編集

千葉県の施設編集

その他編集

国政・県政編集

国際機関編集

千葉市に置かれる国際機関は以下の通り。

  • 国際協力機構
    • 国際協力機構千葉デスク(JICA)
  • 自治体国際化協会
    • 自治体国際化協会千葉県支部(CLAIR)
  • その他
    • 千葉市国際交流協会
    • 千葉県国際交流センター

国家機関編集

千葉市に置かれる国の機関は以下の通り。

国の行政機関編集

県の機関編集

医療機関編集

主要交通網編集

道路編集

高速道路編集

首都高速道路(接続)・東日本高速道路(NEXCO東日本)

  首都高速湾岸線 - E51 東関東自動車道

  首都高速小松川線 - E14 京葉道路

東日本高速道路(NEXCO東日本)

E14 館山自動車道

C4 首都圏中央連絡自動車道(圏央道)

  • 緑区を400m程通過している。

E82 千葉東金道路

有料道路編集

千葉外房有料道路(千葉県道67号生実本納線)

  • - 鎌取IC(千葉方面起・終点) - 平山IC - 誉田PA(千葉方面のみ) - 高田IC - 誉田IC(両方向に出・入口)
  • - 大木戸IC - 大野PA(茂原方面のみ) - 板倉IC -

国道編集

中央区中央・本町の広小路交差点は国道14号の終点と国道51号の起点を兼ねており、戦前から千葉市における国道の結節点であった。

県道編集

主要地方道

一般県道

千葉市に残る道路元標位置編集
  • 大正八年十一月十四日千葉県告示第二百九十五号/大正九年一月九日千葉県告示第一号
旧町村名 番地先 目標物 状態
千葉町 寒川字北長洲989番ノ1地先 羽衣公園 現存
蘇我町 今井字神明前262番地先 なし 不明
生実浜野村 浜野字東町1130番地先 浜野交差点 現存
検見川町 検見川字東上宿38番地先 なし 不明
幕張町 馬加字南寺口806番地先 なし 不明
椎名村 富岡字平台259番地先 なし 不明
誉田村 野田字上宿291番地先 野田十字路→緑土木事務所へ移設 現存
白井村 野呂字北ノ谷218番地先 白井小学校はす池 現存
更科村 上泉字下表耕地111番地先 消防団器具置場 現存
千城村 大宮字宮ノ谷688番地先 大宮神社 現存
都村 加曽利字田向696番地先 なし 不明
都賀村 作草部字屋舗748番地先 なし 不明
犢橋村 長沼字屋敷24番地先 なし 不明
土気本郷町 土気字馬場1727番地先 なし 不明

鉄道編集

中心となる駅:千葉駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)

 総武緩行線

 総武快速線

 京葉線

 総武本線

外房線

内房線

  • 千葉駅 - 蘇我駅間は外房線に直通運転

京成電鉄

 千葉線

 千原線

千葉都市モノレール

1号線

2号線

バス編集

路線バス編集

市域のほとんどで広義の京成グループの会社の手による路線バスが運行されている。また、公営交通(市営バス)の運行は実施してない。
乗車方法は一部の均一路線を除き、基本的に後乗り前降り後払い方式。運賃は整理券を用いた区間制を採っている。

市内に於いて、バス共通回数券は現在発行されていない。ただし、東洋バスグループ・九十九里鉄道を除く各社では非接触型ICカードであるPASMOSuicaが利用できる。

航空編集

市内に空港はなく、千葉県成田市成田国際空港(成田空港)もしくは東京都大田区  東京国際空港(羽田空港)が最寄りとなる。

成田国際空港編集

  • リムジンバス
    • 幕張・千葉エリア(千葉市海浜エリア系統) ‐ 羽田空港行のリムジンバス(成田空港交通、千葉シティバス・京成バスなど)を中心に運行。中央区内(千葉駅、千葉中央駅)や美浜区内(各主要駅、幕張地区各主要ホテル)などから運行[35]

東京国際空港

  • リムジンバス
    • 幕張・千葉エリア(千葉市海浜エリア系統) ‐ 羽田空港行のリムジンバス(京浜急行バス・千葉シティバス・京成バスなど)を中心に運行。中央区内(千葉駅、千葉中央駅)や美浜区内(各主要駅、幕張地区各主要ホテル)などから運行[36]

船舶編集

旅客船・遊覧船としては千葉中央港旅客船桟橋(千葉みなと桟橋)より運航されている。

  • 千葉みなと1号さん橋
    • 千葉ポートサービス:「あるめりあ」千葉港内遊覧「港めぐりコース」、「幕張メッセ沖合遊覧コース」や「千葉港内工場夜景」クルーズが出航
  • 千葉みなと2号さん橋
    • シャイニービュー(日東商船):「羽田沖滑走路飛行機見学クルーズ」、「チャータークルーズ」、「千葉港内クルーズ」が出航
    • (株)ケーエムシーコーポレーション:運航船舶:MYⅡ(エムワイツー)
    • 伊豆大島臨時船(高速ジェット船)

他、幕張ビーチ花火フェスタ(千葉市民花火大会)の納涼船なども期間限定で出航している。

スポーツ編集

スポーツチーム編集

野球
サッカー
バスケ
バレー
陸上競技
プロレス
ボクシング
  • 本多ボクシングジム(千葉市中央区)
  • 稲毛ボクシングジム(千葉市稲毛区)

障害者スポーツ編集

車いすバスケットボール日本選手権を3連覇した強豪の千葉ホークスの本拠地であり、また世界的に有名な競技用車椅子メーカーのオーエックスエンジニアリングが千葉市内に本社に持つ。熊谷俊人市長は「車椅子スポーツのメッカを目指す」と発言するなど障害者スポーツに力を入れている。2015年10月には、リオデジャネイロ・パラリンピック出場を競い合う「2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ」が千葉市中央区の千葉ポートアリーナで開催される予定である[37]

旧跡・名所編集

概要編集

東京湾を望む幕張地区(美浜区)に、全国的に有名なイベントや会議などが開催される複合的コンベンション施設の幕張メッセや、千葉ロッテマリーンズの本拠地千葉マリンスタジアムなどがある。近年では、「花の都・ちば」を都市イメージとして確立すべく事業を展開している。

旧跡編集

 
千葉寺の山門。2005年2月撮影

名所編集

前述の旧跡を除く名所

祭事編集

  • 千葉市花火大会
  • 千葉の親子三代夏祭り
  • 稲毛浅間神社例大祭
  • ベイサイドジャズ千葉

文化財編集

番号 種別 名称 所在地 所有者又は管理者 指定年月日 備考
1 史跡 加曽利貝塚 若葉区桜木町141他 千葉市 昭和46年3月22日 縄文時代中期から後期。
日本最大級の馬蹄形貝塚。
2 月ノ木貝塚 中央区仁戸名町289-1他 千葉市・他 昭和53年3月16日
平成14年3月19日
繩文時代中期から後期。馬蹄形貝塚。
3 荒屋敷貝塚 若葉区貝塚町726-1他 千葉市・他 昭和54年3月13日 縄文時代中期前半。馬蹄形貝塚。
4 犢橋貝塚 花見川区さつきが丘1-18 千葉市 昭和56年12月9日 -
番号 種別 名称 所在地 所有者又は管理者 登録年月日 備考
1 建造物 千葉市民ギャラリー・いなげ
(旧神谷伝兵衛稲毛別荘)
稲毛区稲毛1-8-35 千葉市 平成9年5月7日 大正7年竣工。鉄筋コンクリート2階建。
2 千葉トヨペット本社(旧勧業銀行本店) 美浜区稲毛海岸4-5-1 千葉トヨペット株式会社 平成9年7月15日 明治32年6月竣工。昭和40年に現在地に移築。木造2階建。
3 千葉県水道局千葉高架水槽 千葉市中央区矢作町670
(誉田給水場千葉分場内)
千葉県水道局 平成19年7月31日 昭和12年2月竣工。正12角形の配水塔。高さ30m、5階建。
土木学会選奨土木遺産

千葉市を舞台とする作品編集

映画編集

TVドラマ編集

架空の「あおば市」が舞台だが、市域の規模と都市、農村部、海が揃っている千葉市がモデルとなり、海浜幕張駅前や千葉市役所、千葉中央公園など、市内各所でロケが行われた。

小説・ライトノベル編集

主人公である『高坂京介』が千葉市に住んでいる。アニメ版では千葉駅周辺の景観をモデルとした風景も登場する。

漫画・アニメ編集

出身有名人・ゆかりのある人物編集

その他編集

市外局番編集

もともとの市外局番は「0472」[* 2]だったが、政令指定都市昇格4週間後の1992年(平成4年)4月29日から「043」に変更され、市内局番は200番台になった。新規加入は300番台が割り当てられる(市外局番「0434」であった佐倉市、四街道市、八街市なども同日に「043」になり、市内局番は400番台になった)[* 3]。 ただし、花見川区八千代市に接している一部の地域(柏井町・柏井・横戸町・横戸台など)は買い物等の生活基盤が八千代市であること等を理由に住民の希望で市外局番が「047」(変更前は0474-8nで単位料金区域も八千代市扱い)となっており、同じ千葉市内でありながら「043」地域から「047」地域に電話をする際(逆も)には市外局番からかけなければならない。

キャラクター編集

「花の都・ちば」のシンボルキャラクターとして、ちはなちゃんが使用されている。パンフレットや看板などによく印画されているため、街中でも見る事ができる。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ a b 公職選挙法第102条の規定により、職務代理権の喪失は当選人の告示日と同日。前日ではない。
  2. ^ 緑区土気地区は、04757
  3. ^ ほかに、若葉区稲毛区各一部が0434を使用していた。

出典編集

  1. ^ グローバルMICE都市 | MICEの誘致・開催の推進 | 国際観光 | 政策について | 観光庁”. www.mlit.go.jp. 2018年12月21日閲覧。
  2. ^ 千葉市. “千葉市のあゆみ・年表” (日本語). 千葉市. 2018年12月21日閲覧。
  3. ^ 千葉市:主要統計指標 Archived 2015年10月29日, at the Wayback Machine.
  4. ^ 千葉市. “千葉市都市計画マスタープラン(全体構想)” (日本語). 千葉市. 2019年2月7日閲覧。
  5. ^ 『千葉県の気候・気象(千葉県の自然誌本編3)』103、670頁、千葉県気象月報・区内気象月表原簿(昭和26年2月)
  6. ^ “新区は「四街道区」 千葉・四街道合併協議会 合併の是非、来年5月以降に”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 13. (2003年11月20日) 
  7. ^ “住民投票5月16日 四街道 千葉市との合併是非“決着” 即日開票”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 14. (2004年3月6日) 
  8. ^ “四街道市民、合併に反対 千葉市編入の是非問う住民投票 協議会は解散へ”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (2004年5月17日) 
  9. ^ “四街道市との合併協解散へ 県に届け出”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (2004年6月29日) 
  10. ^ “政令指定市千葉が誕生”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 夕刊 15. (1992年4月1日) 
  11. ^ “制服 堅苦しい「官」から脱却”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 17. (1992年4月2日) 
  12. ^ “首都圏東部に新中核都市 政令市・千葉が“始動” 市民生活向上推進へ”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 1, 12, 19. (1992年4月2日) 
  13. ^ “華やかに開幕ゲーム 本処地マリンで 県民ファン生の迫力たんのう”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 1, 10-12, 19. (1992年4月5日) 
  14. ^ a b “千葉の文化創造の拠点 市美術館がオープン 中央区役所との複合施設”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1995年11月2日) 
  15. ^ a b “欧州に初の友好懸け橋 モントルー市と姉妹提携 両市長が協定書に調印 千葉市”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1996年5月29日) 
  16. ^ 千葉市、パートナー証明を開始 LGBTに限定せず”. 産経ニュース. 産経新聞 (2019年1月29日). 2019年1月29日閲覧。
  17. ^ 千葉市中心市街地ガイドマップ”. www.chibacityguidemap.com. 2019年2月7日閲覧。
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関連項目編集

外部リンク編集