伊達宗克

日本のジャーナリスト

伊達 宗克(だて むねかつ、1928年(昭和3年)8月18日 - 1988年(昭和63年)1月15日)は日本のジャーナリスト

略歴 編集

宇和島藩主家伊達氏の一族として、愛媛県に生まれる。旧制松山中学校日本大学芸術科を経て同大法学部新聞学科を卒業。1954年8月、東京日日新聞社会部からNHKに移り放送記者となる。

1970年(昭和45年)11月25日に、交流のあった三島由紀夫から徳岡孝夫(当時:サンデー毎日の記者)と共に、遺書と檄文を受け取り、三島事件の目撃者となった[1]。事件裁判を傍聴し、編著『裁判記録「三島由紀夫事件」』を刊行。1984年(昭和59年)に徳岡と瑤子夫人にインタビューを行い、月刊誌「諸君!」(1985年1月号)に掲載された。

皇室担当記者として『天皇の外交』を刊行、1980年4月に寬仁親王の婚約、1983年(昭和58年)4月には容子内親王の婚約をスクープした。

昭和天皇からも信頼されており、『素顔の天皇陛下』があり、1984年(昭和59年)に放映された「NHK特集 皇居」の中心スタッフとして取材折衝に当たった。

1985年(昭和60年)8月、NHKを定年退職、解説委員となったが、在職中に死去した。

著書 編集

  • 『裁判記録 「三島由紀夫事件」』講談社、1972年
  • 『天皇の外交』 現代企画室 1975年
  • 『日本の勲章 逸話でつづる百年史』 りくえつ 1979年
  • 『放送記者』 りくえつ 1980年 
  • 『素顔の天皇陛下』 山手書房 1983年

脚注 編集

  1. ^ 『放送記者』に事件前後の経緯を述べている。

外部リンク 編集