ある角の余角 に対する正弦 を余弦という。余角とは、対となる角と自身の大きさの和が直角 になるような角をいい、たとえば直角三角形の 2 つの鋭角 のうち一方は他方の余角となっている。このとき余弦とは注目する角の余角の対辺をいう。鋭角に対する余弦関数 はこの余弦の長さを与える。
余弦関数 y = cos x は、π を円周率 とすると 0 < x < π において狭義単調減少関数 であり、x と y の値は 1 対 1 に対応させることができ、それらの関係は x = arccos y と余弦関数の逆関数 を用いて表すことができる。三角形の内角 の大きさはこの逆余弦関数の値域に収まるため、三角形の内角の大きさを知ることと、その余弦の長さを知ることは同じことである。余弦定理は三角形の内角の余弦と辺の長さの関係を示す等式である。
△ABC において、a = BC , b = CA , c = AB , α = ∠CAB , β = ∠ABC , γ = ∠BCA としたとき
a 2 = b 2 + c 2 − 2bc cos α
b 2 = c 2 + a 2 − 2ca cos β
c 2 = a 2 + b 2 − 2ab cos γ が成り立つ。これらの式が成り立つという命題を余弦定理 、あるいは第二余弦定理 という。
余弦定理は 2 つの辺の長さと 1 つの内角の大きさが分かっていれば、もう 1 つの辺の長さが決まるという定理である。このことは三角形の合同条件 に対応している。逆に 3 つの辺の長さが分かっていれば
cos
α
=
b
2
+
c
2
−
a
2
2
b
c
{\displaystyle \cos \alpha ={\frac {b^{2}+c^{2}-a^{2}}{2bc}}}
のように余弦について解くことによって内角の大きさを知ることができる。
また、α = π / 2 であれば、cos α =0 なので、第二余弦定理の特殊な場合として、ピタゴラスの定理
a 2 = b 2 + c 2 などが導かれる。すなわち、第二余弦定理は、全ての三角形に対する一般化されたピタゴラスの定理 といえる。
ユークリッド原論 の第2巻命題12では、△ABC を γ が鈍角の鈍角三角形としたとき
c 2 = a 2 + b 2 − 2ab cos γ が成り立つことと、命題13で鋭角三角形の場合が示されている。ユークリッド原論では余弦関数は使われていないが、辺の長さを用いて余弦定理と本質的に同じ命題が示されている。
イスラム世界 では 10世紀に活躍した天文学者 であり数学者 のアル・バッターニー は、これらの結果を球面幾何学 にまで広げ星の間の距離を測定した。15世紀 には、アル・カーシー が精密な三角関数表を作成し、余弦定理を三角測量 に使いやすい形にした。このためフランス では余弦定理のことを アル・カーシーの定理 (Théorème d'Al-Kashi ) と呼ぶ。
西洋での余弦定理は16世紀にフランソワ・ビエタ によって独自に発見されたことで有名になり、19世紀初頭から現代のような数式で書かれるようになった。
△ABC において、a = BC , b = CA , c = AB , α = ∠CAB , β = ∠ABC , γ = ∠BCA とすると
a = b cos γ + c cos β
b = c cos α + a cos γ
c = a cos β + b cos α a 2 = b 2 + c 2 − 2bc cos α
b 2 = c 2 + a 2 − 2ca cos β
c 2 = a 2 + b 2 − 2ab cos γ が成り立つ。
単に余弦定理というと第二余弦定理を指す。
三角形の内角の和は π ラジアン であるため 2 つの内角の大きさが分かっていれば、もう 1 つの内角の大きさは定まる。すなわち、第一余弦定理は三角形の 2辺と3つの角の角度がわかっているときに、もう 1 つの辺の長さが決まるという定理である。
第一余弦定理の証明 編集
鋭角三角形の時、第一余弦定理の一つ
c = a cos β + b cos α は図のような関係を表している。
辺 b の対角が直角 β = π / 2 であるとき cos β = 0 となり cos β を含む第一余弦定理は
a = b cos γ
c = b cos α のようになる。辺 b は直角三角形 の斜辺であるため、これは余弦関数の定義そのものである。
以下、β と γ は直角ではないとする。すなわち cos β と cos γ は 0 ではないとする。
正弦定理 により
a
sin
α
=
b
sin
β
=
c
sin
γ
⋯
①
{\displaystyle {a \over \sin \alpha }={b \over \sin \beta }={c \over \sin \gamma }\quad \cdots \quad {\text{①}}\quad }
が、加比の理 から
b
cos
γ
sin
β
cos
γ
=
c
cos
β
sin
γ
cos
β
=
b
cos
γ
+
c
cos
β
sin
β
cos
γ
+
sin
γ
cos
β
⋯
②
{\displaystyle {b\cos \gamma \over \sin \beta \cos \gamma }={c\cos \beta \over \sin \gamma \cos \beta }={b\cos \gamma +c\cos \beta \over \sin \beta \cos \gamma +\sin \gamma \cos \beta }\quad \cdots \quad {\text{②}}\quad }
が、さらに三角関数の加法定理 から
sin
β
cos
γ
+
sin
γ
cos
β
=
sin
(
β
+
γ
)
⋯
③
{\displaystyle \sin \beta \cos \gamma +\sin \gamma \cos \beta =\sin(\beta +\gamma )\quad \cdots \quad {\text{③}}\quad }
が成り立つ。したがって、
a
sin
α
=
b
sin
β
=
c
sin
γ
(
∵
①
)
=
b
cos
γ
sin
β
cos
γ
=
c
cos
β
sin
γ
cos
β
=
b
cos
γ
+
c
cos
β
sin
β
cos
γ
+
sin
γ
cos
β
(
∵
②
)
=
b
cos
γ
+
c
cos
β
sin
(
β
+
γ
)
(
∵
③
)
=
b
cos
γ
+
c
cos
β
sin
(
π
−
α
)
(
∵
α
+
β
+
γ
=
π
)
=
b
cos
γ
+
c
cos
β
sin
α
{\displaystyle {\begin{aligned}{a \over \sin \alpha }&={b \over \sin \beta }={c \over \sin \gamma }\qquad (\because {\text{①}}\quad )\\&={b\cos \gamma \over \sin \beta \cos \gamma }={c\cos \beta \over \sin \gamma \cos \beta }\\&={b\cos \gamma +c\cos \beta \over \sin \beta \cos \gamma +\sin \gamma \cos \beta }\qquad (\because {\text{②}}\quad )\\&={b\cos \gamma +c\cos \beta \over \sin(\beta +\gamma )}\qquad (\because {\text{③}}\quad )\\&={b\cos \gamma +c\cos \beta \over \sin(\pi -\alpha )}\qquad (\because \alpha +\beta +\gamma =\pi )\\&={b\cos \gamma +c\cos \beta \over \sin \alpha }\end{aligned}}}
である。したがって、辺々
sin
α
{\displaystyle \sin \alpha }
を乗じて
a
=
b
cos
γ
+
c
cos
β
{\displaystyle a=b\cos \gamma +c\cos \beta }
が得られる。
正弦定理では外接円 の半径との関係もあるがその部分を除けば、この証明から逆に第一余弦定理を仮定して正弦定理を示すこともできる。
第二余弦定理の証明 編集
第一余弦定理の利用 編集
BC を底辺としたときの △ABC の高さが
b sin γ = c sin β であることに注意すれば第一余弦定理
a = b cos γ + c cos β の平方 は
a
2
=
(
b
cos
γ
+
c
cos
β
)
2
=
(
b
cos
γ
)
2
+
(
c
cos
β
)
2
+
2
b
c
cos
β
cos
γ
=
b
2
+
c
2
+
2
b
c
(
cos
β
cos
γ
−
sin
β
sin
γ
)
−
(
(
b
sin
γ
)
2
−
2
b
c
sin
β
sin
γ
+
(
c
sin
β
)
2
)
=
b
2
+
c
2
+
2
b
c
cos
(
β
+
γ
)
−
(
b
sin
γ
−
c
sin
β
)
2
=
b
2
+
c
2
+
2
b
c
cos
(
β
+
γ
)
−
0
2
=
b
2
+
c
2
+
2
b
c
cos
(
π
−
α
)
=
b
2
+
c
2
−
2
b
c
cos
α
{\displaystyle {\begin{aligned}a^{2}&=\left(b\cos \gamma +c\cos \beta \right)^{2}\\&=\left(b\cos \gamma \right)^{2}+\left(c\cos \beta \right)^{2}+2bc\cos \beta \cos \gamma \\&=b^{2}+c^{2}+2bc(\cos \beta \cos \gamma -\sin \beta \sin \gamma )-(\left(b\sin \gamma \right)^{2}-2bc\sin \beta \sin \gamma +\left(c\sin \beta \right)^{2})\\&=b^{2}+c^{2}+2bc\cos \left(\beta +\gamma \right)-\left(b\sin \gamma -c\sin \beta \right)^{2}\\&=b^{2}+c^{2}+2bc\cos \left(\beta +\gamma \right)-0^{2}\\&=b^{2}+c^{2}+2bc\cos(\pi -\alpha )\\&=b^{2}+c^{2}-2bc\cos \alpha \end{aligned}}}
であり第二余弦定理となる。
このとき、
cos
2
γ
+
sin
2
γ
=
1
{\displaystyle \cos ^{2}\gamma +\sin ^{2}\gamma =1\!}
や
cos
2
β
+
sin
2
β
=
1
{\displaystyle \cos ^{2}\beta +\sin ^{2}\beta =1\!}
を利用。
a > 0 に注意して逆の変形をすれば、第二余弦定理から第一余弦定理を得る。
ユークリッド原論にみる原型 編集
ユークリッド原論 第1巻命題47においてピタゴラスの定理 が示され、第2巻の最初の方では
(x + y )2 = x 2 + y 2 + 2xy などの二次式の関係が図形問題として述べられる。
ユークリッド原論で扱われているのはこのような数式ではなく x 2 は x を一辺の長さとする正方形 の面積として、xy は x と y を辺の長さとする長方形 の面積として表され、正方形や長方形を比べることによって命題が述べられる。
それらを背景として第二余弦定理とほぼ同等な命題が現れる。しかし三角関数 がなかった時代のものなので、現代のように角度と辺の長さの関係として捉えられていたわけではない。余弦が明示的に使われているわけではなく、特定の辺の長さを現代的に余弦を用いて表現すると一致するという意味である。同じ意味で第一余弦定理
c = a cos β + b cos α に対応するものも考えてみると、C から AB に下ろした垂線 の足を H としたとき、辺 AB の長さは AH と HB の長さの和ということを示しているだけの定理なので、三角形の辺の長さの関係を表し、特に第一余弦定理を表しているといえる命題といったものはユークリッド原論の中にはない。敢えて言えば、三角形ではなく線分の内分、外分に関する命題ということになる。
第2巻命題12 編集
ユークリッド原論第2巻命題12では
AB2 = CA2 + BC2 + 2CA×CH が示されている
ユークリッド原論第2巻命題12では、鈍角三角形の鈍角に対応する第二余弦定理がピタゴラスの定理 を用いて示されている。現代的に書けば
γ > π / 2 のとき B から AC に下ろした垂線の足を H とする。H は線分 AC 上ではなく AC を C の方へ延長した半直線上にある。d = CH, h = BH として △ABH と △CBH にピタゴラスの定理を適用すると
c
2
=
(
b
+
d
)
2
+
h
2
d
2
+
h
2
=
a
2
{\displaystyle {\begin{aligned}&c^{2}=\left(b+d\right)^{2}+h^{2}\\&d^{2}+h^{2}=a^{2}\end{aligned}}}
となり
c
2
=
b
2
+
2
b
d
+
d
2
+
h
2
=
a
2
+
b
2
+
2
b
d
{\displaystyle {\begin{aligned}c^{2}&=b^{2}+2bd+d^{2}+h^{2}\\&=a^{2}+b^{2}+2bd\end{aligned}}}
となる。
余弦関数を用いた表現では、鈍角に対する余弦が負になることに気を付ければ d = −a cos γ である。
第2巻命題13 編集
ユークリッド原論第2巻命題13では、鋭角三角形に対する第二余弦定理が示されている。
△ABC において、A から BC に下ろした垂線の足を H とし、p = BH, q = HC, h = AH とする。
第2巻命題7で示されている
a
2
+
p
2
=
2
a
p
+
q
2
{\displaystyle a^{2}+p^{2}=2ap+q^{2}}
という関係を使うことで
a
2
+
(
p
2
+
h
2
)
=
2
a
p
+
(
q
2
+
h
2
)
{\displaystyle a^{2}+\left(p^{2}+h^{2}\right)=2ap+\left(q^{2}+h^{2}\right)}
△ABH と △ACH にピタゴラスの定理を使って
a
2
+
c
2
=
2
a
p
+
b
2
{\displaystyle a^{2}+c^{2}=2ap+b^{2}}
となる。
余弦関数を用いた表現では p = c cos β である。
鋭角と三角関数 編集
△ABC において、γ が鋭角の場合、B から AC に下ろした垂線の足を H とすると、BH = a sin γ , CH = a cos γ , AH = |AC − CH| = |b − a cos γ | であり △ABH にピタゴラスの定理を使えば
c
2
=
(
b
−
a
cos
γ
)
2
+
(
a
sin
γ
)
2
=
b
2
−
2
a
b
cos
γ
+
a
2
(
cos
2
γ
+
sin
2
γ
)
=
a
2
+
b
2
−
2
a
b
cos
γ
{\displaystyle {\begin{aligned}c^{2}&=\left(b-a\cos \gamma \right)^{2}+\left(a\sin \gamma \right)^{2}\\&=b^{2}-2ab\cos \gamma +a^{2}\left(\cos ^{2}\gamma +\sin ^{2}\gamma \right)\\&=a^{2}+b^{2}-2ab\cos \gamma \end{aligned}}}
となる。
α が鋭角であるか鈍角であるかによって AC と CH の大小関係が入れ替わるが、どちらが大きくても2乗によってこの符号の違いは関係なくなる。
ベクトルによる計算 編集
ベクトルの長さをベクトルの内積 を用いて与えれば、余弦定理の公式は自然に得ることができる。
c
2
=
‖
A
B
→
‖
2
=
‖
C
B
→
−
C
A
→
‖
2
=
‖
C
B
→
‖
2
−
2
C
B
→
⋅
C
A
→
+
‖
C
A
→
‖
2
=
C
B
2
−
2
C
B
⋅
C
A
cos
∠
A
C
B
+
C
A
2
=
a
2
+
b
2
−
2
a
b
cos
γ
.
{\displaystyle {\begin{aligned}c^{2}&=\lVert {\overrightarrow {\mathrm {AB} }}\lVert ^{2}\\&=\lVert {\overrightarrow {\mathrm {CB} }}-{\overrightarrow {\mathrm {CA} }}\lVert ^{2}\\&=\lVert {\overrightarrow {\mathrm {CB} }}\lVert ^{2}-2{\overrightarrow {\mathrm {CB} }}\cdot {\overrightarrow {\mathrm {CA} }}+\lVert {\overrightarrow {\mathrm {CA} }}\lVert ^{2}\\&=\mathrm {CB} ^{2}-2\mathrm {CB} \cdot \mathrm {CA} \cos \angle \mathrm {ACB} +\mathrm {CA} ^{2}\\&=a^{2}+b^{2}-2ab\cos \gamma .\end{aligned}}}
^ “余弦定理 ”. w3e.kanazawa-it.ac.jp . 2022年5月20日 閲覧。
外部リンク 編集