友枝 喜久夫 (ともえだ きくお。1908年9月25日 - 1996年1月3日) は、昭和期に活躍した喜多流能役者。特に三番目物を中心としてすぐれた境地を見せ、「最後の名人」の名をほしいままにした。

ともえだ きくお
友枝 喜久夫
死没 (1996-01-03) 1996年1月3日(87歳没)
国籍 日本の旗 日本
職業 喜多流シテ方能楽師
著名な実績 観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞
熊本県近代文化功労者

来歴編集

熊本県熊本市で、熊本藩お抱えの能役者の家に生まれる。済々黌卒業。父友枝為城及び喜多流十四世宗家喜多六平太に師事。老境に入って目を病み半ば失明状態となったため、1990年の『景清』を最後に能を舞うことはなかったが、最晩年まで仕舞によって舞台に立ちつづけた。

人物編集

関連書籍編集

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関連項目編集