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古市 貞秀(ふるいち さだひで、1976年2月21日 - )は、大阪府交野市(出生地は大阪市)出身で阿武松部屋所属の元大相撲力士。本名同じ。身長174cm、体重104kg、血液型B型。得意手はかいなひねり、食い下がり、頭捻り。兄は押尾川部屋所属の元力士の若隆盛。趣味は買い物と散歩。最高位は東十両12枚目(2002年11月場所)。

古市 貞秀 Sumo pictogram.svg
基礎情報
四股名 古市 貞秀→小緑 貞秀→古市 貞秀
本名 古市 貞秀
愛称 かいなひねりの古市
生年月日 (1976-02-21) 1976年2月21日(43歳)
出身 大阪府交野市
身長 173,5cm
体重 102kg
所属部屋 阿武松部屋
得意技 かいなひねり、ずぶねり
成績
現在の番付 引退
最高位 東十両12枚目
生涯戦歴 277勝243敗14休(75場所)
優勝 三段目優勝1回
データ
初土俵 1998年3月場所
引退 2010年9月場所
趣味 買い物、散歩
備考
実家は古市道場。野球賭博に関与したため解雇される。
2017年3月28日現在

目次

来歴編集

実家がアマチュア相撲では高名な古市道場という相撲道場を営んでおり、幼い頃から道場で相撲を始めた。この古市道場は、アマチュア横綱朝陽丸高校横綱豪栄道、古市と同郷のなど、多くの大相撲力士を輩出している。

その後、交野四中南京都高でも相撲を続け、近畿大学に進学して全国大会に出場する活躍を見せた。しかし全日本相撲選手権大会ではベスト32が最高で幕下付出の資格を得ることが出来なかったが、大相撲で力を試そうと考えて父の知り合いである阿武松部屋に入門し、1998年3月場所に前相撲から初土俵を踏んだ。

序ノ口序二段日本大学相撲部出身で同じく前相撲からスタートした同期の西野(のち大翔大)と優勝争いを演じながら各段1場所で、三段目は西野の不振を尻目に優勝し、1場所で通過した。なお、序ノ口から三段目まで、序ノ口の1番相撲と序二段の優勝決定戦に共に西野に負けただけで、本割で20連勝したが、幕下でまたも西野に連勝を阻まれている。幕下上位で壁にぶつかったが2000年11月場所に東幕下4枚目で5勝2敗と勝ち越し、翌2001年1月場所に十両に昇進した。同時に初土俵同期ながら幕下付出初土俵の田中(のち魁道)に先んじる形になった。小兵ながら低姿勢からの頭捻り腕捻りを得意とし、体重が倍近くある力士にも果敢に攻め込む相撲を時折見せていた。

しかし十両の土俵では体格差が影響し星が伸びず、3勝12敗と負け越し1場所で幕下に陥落した。その後は休場などもあり一時三段目まで陥落したが、徐々に番付を戻し2002年11月場所には1場所だけ十両に復帰した。その後も幕下上位や中位で十両復帰を目指して相撲を取り続けていたが、大相撲野球賭博問題に関与しているとされ、2010年名古屋場所を謹慎することになった。古市はその後日本相撲協会に引退届を提出したが、受理されず、2010年9月8日に解雇され、土俵を去ることとなった。

2010年6月、野球賭博問題をめぐる琴光喜恐喝事件で元力士の兄が逮捕された[1]2011年1月26日大相撲野球賭博問題に関連して、賭博開帳図利罪で兄と母親ら3人と共に警視庁に逮捕された[2]。 同年7月13日、東京地裁にて母と共に懲役10月・執行猶予3年(求刑・懲役10月)の執行猶予付き有罪判決を受けた[3]。同年10月7日、恐喝罪及び恐喝未遂罪で懲役6年を求刑されていた兄に対し「高位の力士で、醜聞が表に出ると困るという被害者の弱みにつけこんだもので卑劣かつ悪質」として懲役4年6月の実刑判決が下った[4][5]。2012年4月23日、兄に対する控訴審判決で東京高裁は東京地裁での判決を支持し、若原正樹裁判長は「野球賭博が暴露されることを恐れて金を払った、との元琴光喜の証言に特段疑うべき点はない」と指摘、一審判決に誤りはないと判断した。[6]同年9月5日、地裁、高裁と同じ判決を支持する形で刑が確定した。[7]一、二審判決によると、兄は2010年1月、「警察や親方に知れたら大変なことになるぞ」などと床山に電話して元琴光喜から350万円を脅し取ったほか、8000万円も要求したが未遂に終わった。胴元との仲介役だった元力士からも300万円を脅し取った。後に兄は恐喝事件は冤罪であると主張し、古市道場の門下生であった豪栄道が自身の父の葬儀に出席しなかったことなどをインタビューで明かした[8][9]

主な成績編集

  • 生涯成績:277勝243敗14休(75場所)
  • 十両成績:7勝23敗(2場所)
古市 貞秀
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1998年
(平成10年)
x (前相撲) 東序ノ口26枚目
6–1 
西序二段97枚目
7–0 
西三段目87枚目
優勝
7–0
東幕下58枚目
4–3 
1999年
(平成11年)
東幕下47枚目
3–4 
西幕下59枚目
2–5 
西三段目28枚目
4–3 
西三段目14枚目
6–1 
西幕下41枚目
6–1 
東幕下19枚目
4–3 
2000年
(平成12年)
西幕下14枚目
3–4 
西幕下23枚目
5–2 
西幕下11枚目
6–1 
東幕下5枚目
3–4 
東幕下10枚目
5–2 
東幕下4枚目
5–2 
2001年
(平成13年)
東十両13枚目
3–12 
西幕下7枚目
3–4 
西幕下11枚目
4–3 
東幕下10枚目
2–5 
東幕下23枚目
休場
0–0–7
東三段目3枚目
5–2 
2002年
(平成14年)
西幕下43枚目
5–2 
東幕下30枚目
3–4 
東幕下37枚目
6–1 
西幕下15枚目
6–1 
西幕下3枚目
4–3 
東十両12枚目
4–11 
2003年
(平成15年)
東幕下6枚目
2–4 
東幕下23枚目
3–4 
東幕下31枚目
5–2 
西幕下17枚目
3–4 
西幕下25枚目
2–5 
東幕下42枚目
6–1 
2004年
(平成16年)
西幕下14枚目
2–5 
西幕下29枚目
5–2 
東幕下18枚目
3–4 
東幕下23枚目
5–2 
西幕下13枚目
4–3 
東幕下9枚目
2–5 
2005年
(平成17年)
東幕下21枚目
2–5 
西幕下36枚目
2–5 
東幕下51枚目
4–3 
東幕下42枚目
3–4 
東幕下54枚目
6–1 
東幕下24枚目
5–2 
2006年
(平成18年)
東幕下13枚目
3–4 
西幕下20枚目
4–3 
西幕下15枚目
2–5 
西幕下27枚目
4–3 
西幕下20枚目
4–3 
西幕下13枚目
4–3 
2007年
(平成19年)
東幕下10枚目
3–4 
東幕下15枚目
2–5 
西幕下32枚目
5–2 
東幕下20枚目
2–5 
東幕下35枚目
5–2 
西幕下21枚目
3–4 
2008年
(平成20年)
西幕下29枚目
2–5 
西幕下42枚目
4–3 
東幕下33枚目
2–5 
西幕下52枚目
5–2 
東幕下36枚目
2–5 
西幕下54枚目
4–3 
2009年
(平成21年)
東幕下46枚目
3–4 
東三段目筆頭
4–3 
東幕下52枚目
5–2 
西幕下30枚目
4–3 
東幕下24枚目
2–5 
西幕下39枚目
2–5 
2010年
(平成22年)
西三段目筆頭
4–3 
東幕下52枚目
5–2 
東幕下34枚目
3–4 
東幕下43枚目
出場停止
0–0–7
西三段目23枚目
解雇
––
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

各段優勝編集

  • 三段目優勝:1回(1998年9月場所)

改名歴編集

  • 古市 貞秀(ふるいち さだひで)1998年3月場所-2000年11月場所
  • 小緑 貞秀(こみどり-)2001年1月場所-2001年11月場所
  • 古市 貞秀(ふるいち-)2002年1月場所-2010年9月場所

出典編集

関連項目編集

外部リンク編集