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同和鉱業キハ2100形気動車

同和鉱業キハ2100形気動車(どうわこうぎょうキハ2100がたきどうしゃ)は、同和鉱業が同社の小坂鉄道向けに1962年昭和37年)から製造した気動車である。

同和鉱業キハ2100形気動車
Katakami kiha802.jpg
片上鉄道キハ802(元小坂鉄道キハ2102)
基本情報
製造所 日本車輌製造東京支店
主要諸元
軌間 1,067(狭軌) mm
車両定員 100(座席70)
自重 31.8t(空車)
全長 20,100 mm
全幅 2,860 mm
全高 3,675 mm
台車 日車NA-6A(動力)/NA-6T(付随)
機関出力 振興DMH17H×1
180PS/1500rpm
変速段 振興TC2A
駆動方式 液体式
制動装置 自動空気ブレーキ、手ブレーキ
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小坂製錬キハ2100形(大館駅、1992年)
弘南鉄道キハ2100形

概要編集

小坂線花岡線を運営していた小坂鉄道事業所向けに導入された自社発注の気動車で、日本車輌(日車)東京支店でキハ2101 - 2107の7両が製造された。小坂線の改軌を控えた1962年(昭和37年)4月にキハ2101・2102が、同年8月にキハ2103 - 2105が、1967年(昭和42年)にキハ2106・2107が製造された。

構造編集

本形式は、メーカーの日本車輌が前年の1961年に製造していた関東鉄道(当時は常総筑波鉄道)キハ800形気動車とほぼ同様の形態を備えている。大きな相違は関東鉄道キハ800が空気ばね台車を採用したのに対し、こちらは通常の金属製コイルばね台車を装備することである。

車体は全鋼製20m車体、前面貫通扉付き、両運転台式である。車体側面の窓配置はd1D7D1d(d:乗務員扉、D:客用扉、数字:窓の枚数)で、窓は上段Hゴム支持固定式、下段上昇式のいわゆる「バス窓」である。客用扉は国鉄の一般形気動車と同様、両端寄りに半自動式の片開き扉を2か所配置している。低いホームのローカル線で運用される車両にも関わらず、出入台にはステップがない。車体塗装は上半クリーム色、下半オレンジ色に白帯を入れた塗装である。

車内は戸袋窓部分のみをロングシート、それ以外を向かい合わせの固定式クロスシートとしたセミクロスシートである。暖房は、キハ55系キハ20系といった国鉄標準形気動車で既に一般的であった軽油燃焼式のヴェバスト式温風暖房方式を採用した。

エンジンは横型の振興造機DMH17Hディーゼルエンジンである。台車は日車NA6形。

元々この車両の20m車体は本来昭和30年代前半に「私鉄標準車体」として大手私鉄各社間共通仕様で導入されることを想定して設計された電車用規格形車体の一つであった。ところが当時の大手電化私鉄は、車両設計について自社の社内事情最適化を優先し、どの会社もこの統一車体の採用に至らなかった。その中で非電化の常総筑波鉄道が気動車の車体として採用に踏み切り、同和鉱業だけがこれにやはり気動車で追随したという特異な成立経緯がある。

運用編集

1962年10月1日に小坂線が1067mm軌間での営業運転を開始すると同時に使用開始された。キハ2104は1967年にキハ2106・2107を製造した際、キハ2108に改番された。

最長3両編成で運転されたこともあったが、旅客輸送量の減少により余剰が生じ、キハ2108は1981年(昭和56年)に、キハ2102は1983年(昭和58年)に片上鉄道に転出し、キハ801・802となり、1991年(平成3年)6月30日に同線が廃止されるまで使用された。

1988年(昭和63年)にワンマン運転が開始されるのに合わせてキハ2105 - 2107がワンマン化改造(運賃箱設置など)を実施され、キハ2101・2103は予備車となった。

1993年(平成5年)にキハ2103が廃車となった。残る4両は1994年(平成6年)に小坂線の旅客営業が廃止されるまで使用された。旅客営業廃止後はキハ2101・2106が廃車となり、キハ2105・2107は弘南鉄道に譲渡され、従来のキハ22形の代替として同番号のまま黒石線に導入され、1998年(平成10年)に黒石線が廃止されるまで使用された。

廃車後、キハ2101は小坂町小坂町総合博物館郷土館に保存展示され、片上鉄道のキハ801は岡山県備前市の備前浄化センターに保管されていたが、放置状態で整備もされず、老朽化が激しかったため2014年1月までに解体された。

弘南鉄道のキハ2105・2107は道の駅いなかだてで保存展示されていたが、車体老朽化のため2013年11月18日より解体されることとなり、22日に解体された[1]。また、キハ2106は廃車後、解体されずに小坂駅構内に放置されている。

2019年7月現在、2101は修復が放棄され、また2106も状態が悪く、見ることはできない。

だがアトラクションのレールバイクかレールバイクトロッコに乗れば2両の近くまで行くため外観を見ることはできる。

参考文献編集

  • 柴田重利「東北の私鉄 3 同和鉱業小坂鉄道」『鉄道ファン』、交友社1963年1月号(通巻19号)
  • 寺田裕一『ローカル私鉄車輌20年 東日本編』JTB〈JTBキャンブックス〉。2001年9月 ISBN 4-533-03982-0

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 旧黒石線の3車両解体へ/田舎館 - 東奥日報、2013年11月17日。
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