メインメニューを開く

名古屋市立天神山中学校

名古屋市西区の公立中学校

名古屋市立天神山中学校(なごやしりつ てんじんやまちゅうがっこう)は、愛知県名古屋市西区天神山町にある名古屋市立中学校。

名古屋市立天神山中学校
Nagoya City Tenjinyama Junior High School 20150620-01.JPG
過去の名称 名古屋市立西浄中学校[WEB 1]
国公私立 公立学校
設置者 名古屋市
校訓 創造・敬愛・誠実[WEB 2]
設立年月日 1947年昭和22年)[WEB 1]
共学・別学 男女共学
所在地 451-0065
愛知県名古屋市西区天神山町4-12
外部リンク 公式ウェブサイト
プロジェクト:学校/中学校テンプレート
テンプレートを表示

教育目標編集

  • 校訓として「創造」・「敬愛」・「誠実」の三点を掲げている[WEB 2]

歴史編集

1947年(昭和22年)4月1日、新学制の成立に伴い名古屋市立天神山中学校として創立された[1]。校地は当時名古屋市立第二商業高等学校と称していた名古屋市立西陵高等学校の一部に設定され、旧武道場の建物と戦時中には兵舎として流用されていた校舎を間借りし、授業を行ったという[1]

しかし、この名古屋市立天神山中学校は翌年9月30日をもって廃校となり[2]、翌日浄心中学校とともに名古屋市立西浄中学校として統合されることとなった[1]。名称は浄心の西に位置することによるという[1]。旧浄心中学校の校地に置かれた西浄中学校は、生徒数は3000人に迫り、職員数は90人という巨大中学校となった[1]。『愛知県小中学校誌』(1957年)は「教育以前の奇形学校」と評している[1]

この状況は長くはもたず、1950年(昭和25年)3月1日という西浄中学校第1回卒業式を目前とした時期に浄心中とは袂を分かち、再び名古屋市立天神山中学校が設置されることとなった[1]。校地は一時名古屋市児玉倉庫に移った[1]。同年11月には現在の校地に独立校舎が竣工し、名実共に独立を果たした[1]

沿革編集

生徒会活動・部活動編集

委員会活動編集

2018年(平成30年)度現在、以下の委員会でそれぞれ活動している。

  • 図書委員会
  • 放送委員会
  • 体育委員会
  • 保健委員会
  • 美化委員会
  • 生活委員会
  • 給食委員会
  • 選挙管理委員会

[WEB 3]

部活動編集

2018年(平成30年)度現在、以下の部でそれぞれ活動している。

運動部編集

文化部編集

[WEB 4]

通学区域編集

名古屋市西区

生徒数の変遷編集

『愛知県小中学校誌』(2018年)によると、生徒数の変遷は以下の通りである[4]

1947年(昭和22年) 542人
1957年(昭和32年) 2013人
1967年(昭和42年) 1453人
1977年(昭和52年) 1235人
1987年(昭和62年) 856人
1997年(平成9年) 510人
2007年(平成19年) 370人
2017年(平成29年) 364人

交通編集

著名な出身者編集

脚注編集

[ヘルプ]

WEB編集

  1. ^ a b c d e f g h i j 学校の沿革” (日本語). 名古屋市立天神山中学校. 2015年4月10日閲覧。
  2. ^ a b 本校の教育目標” (日本語). 名古屋市立天神山中学校. 2015年4月10日閲覧。
  3. ^ 委員会” (日本語). 名古屋市立天神山中学校. 2018年11月11日閲覧。
  4. ^ 部活動” (日本語). 名古屋市立天神山中学校. 2018年11月11日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 名古屋市教育委員会事務局子ども応援委員会制度担当部学校計画室計画係 (2015年4月1日). “名古屋市立小・中学校の通学区域一覧(西区) (PDF)” (日本語). 名古屋市. 2015年4月10日閲覧。
  6. ^ a b c d e アクセス” (日本語). 名古屋市立天神山中学校. 2015年4月10日閲覧。

文献編集

参考文献編集

  • 『愛知県小中学校誌』愛知県小中学校長会、愛知県教育振興会、1957年6月12日(日本語)。
  • 『名古屋市立小中学校長会 40周年記念誌』名古屋市立小中学校長会、名古屋市立小中学校長会、1988年3月29日(日本語)。
  • 『六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌』六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌 合同記念誌編集特別委員会、愛知県小中学校校長会・名古屋市立小中学校長会、2018年2月15日(日本語)。

関連項目編集

外部リンク編集