メインメニューを開く

宮地 茂春(みやじ しげはる、1860年安政6年) - 1895年明治28年)6月11日)は、江戸時代末期の土佐藩白札郷士。自由党員。自由民権活動家。幼名は桃太郎(ももたろう)。

目次

来歴編集

生い立ち編集

父・宮地茂樹(甚蔵)は、土佐藩白札郷士(上級の郷士)で、北越戦争に従軍して功を上げた。

茂春は、その長男として土佐国土佐郡潮江村上町に生まれる。母は池田氏。長じて立志学舎に学び、民権自由論を修める。

自由民権運動活動期編集

家族編集

宮地家は、土佐藩白札郷士の家柄で、坂本龍馬板垣退助両家の親戚にあたる[2][3]

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ 後藤象二郎の墓の向かいにある。
  2. ^ 『坂本龍馬とその一族』土居晴夫著、新人物往来社、昭和60年(1985年
  3. ^ 『坂本龍馬の系譜』土居晴夫著、新人物往来社、平成18年(2006年
  4. ^ 『土陽新聞』昭和4年(1929年12月10日号参照
  5. ^ 『日光の板垣退助銅像』田辺昇吉著(所収『土佐史談』第161号)

関連項目編集

参考文献編集