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小平 裕(こひら ゆたか、1938年昭和13年〉10月31日 - )は、日本映画監督東京都新宿区出身[1]

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経歴編集

東京都立新宿高等学校を経て東京大学文学部美学科を卒業後、東映に入社。東京撮影所助監督を経て、1975年『青い性』で監督デビューした。本作は東映調のハードな青春ものを考え、少女が海の中に入って行くと潜水艦がその下を通って爆発するというような脚本を提出したら、岡田茂社長(当時)に「なんや、これは」とアタマだけ読んでゴミ箱に捨てられ、内容を変更させられたという[1]

監督・脚本編集

脚註編集

  1. ^ a b 梅林敏彦『シネマドランカー ―荒野を走る監督たち』北宋社、1980年、31-45頁。

外部リンク編集