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建勲神社(たけいさおじんじゃ)は、山形県天童市にある神社旧社格県社江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。

建勲神社
Takeisao-jinja (Tendō city) haiden.JPG
拝殿
所在地 山形県天童市天童字城山1043
位置 北緯38度21分20.7秒
東経140度22分30.9秒
座標: 北緯38度21分20.7秒 東経140度22分30.9秒
主祭神 織田信長
社格県社
創建 明治3年(1870年
例祭 5月3日
地図
建勲神社の位置(山形県内)
建勲神社
建勲神社
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目次

祭神編集

歴史編集

天童織田家は、織田信長の次男・信雄の子孫で、信雄の四男・信良を祖とする。子孫は上野国小幡藩から出羽国高畠藩と渡ったのち、天童に陣屋を移した。

当初は天童藩知藩事の織田信敏東京の私邸内に「織田社」と称して祀っていたが、明治2年(1869年11月8日神祇官より「健織田社」(たけしおりたのやしろ)という神号が下賜された。この健織田社を明治3年(1870年9月13日に天童市の城山(現 舞鶴山)山頂へ分祀したのが、建勲神社の起源である。

同年(1870年)10月17日、健織田社は太政官の通知により「建勲社」へと改称し、太平洋戦争終結までこの名称は使われた。

明治17年(1884年)に現在地に遷座した。これは当初建てられた舞鶴山山頂の社への道のりが急で転落事故が起きるなど不便があったためで、平坦な舞鶴山山腹が選ばれた。

明治6年(1873年5月22日旧社格において県社に列した。

現地情報編集

所在地

交通アクセス

鉄道

参考文献編集

関連項目編集

建勲神社を称する神社は当社を含め3社あり、同じく織田信長を祀る。