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形原藩(かたのはらはん、かたはらはん)は、三河(現在の愛知県蒲郡市形原町)に存在した。居城は形原城稲生城[1]

藩史編集

徳川家が東海を治めていた時代、形原には形原松平家が入っていた。松平家信は徳川家に仕えて功を挙げたことから、三河形原に5000石を与えられていた。元和4年(1618年)9月に安房国内において5000石を加増され、1万石の大名として形原藩を立藩した。しかし藩政においては家信はほとんど何もせず、嫡男の康信が執行していたと言われている。

元和5年(1619年)9月、家信が摂津高槻藩2万石に加増移封されたことから、形原藩は廃藩となり、その所領のうちの5000石は高槻に移った康信の所領となった。残りは幕府直轄領として組み込まれ、後に松平清直に与えられて交代寄合となった。

歴代藩主編集

松平(形原)家

譜代。1万石。

  1. 家信(いえのぶ)

脚注編集

  1. ^ 二木謙一監修・工藤寛正編「国別 藩と城下町の事典」東京堂出版、2004年9月20日発行(345ページ)