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悪魔の詩』(あくまのし、あくまのうた[1]原題:The Satanic Verses)は、1988年に発表された、イギリスの作家サルマン・ラシュディムハンマドの生涯を題材に書いた小説日本では、筑波大学助教授五十嵐一(いがらし ひとし)によって日本語訳(『悪魔の詩(上・下)』、新泉社、1990年)が出版された。

イギリスでは1988年ブッカー賞最終候補となり、また同年のホワイトブレッド賞小説部門を受賞するなど高い評価を得る一方、現代の出来事や人物に強く関連付けられた内容がムスリム社会では冒涜的であると受けとられ、激しい反発を招いた。この結果、一連の焚書騒動、イラン最高指導者ホメイニによるラシュディの「死刑」の宣告に続き、各国の翻訳者・出版関係者を標的とした暗殺事件が発生した。

あらすじ編集

イスラーム批判編集

イスラームの聖典クルアーン中に神の預言として、メッカ多神教の神々を認めるかのような記述がなされている章句があったとの伝承がある(ガラーニークの逸話[2]。伝承では、後に預言者ムハンマドは、その章句を神の預言によるものではなく悪魔によるものだとして取り除いているが、ラシュディはこれを揶揄したとされる。具体的に言うと、原題の The Satanic Versesはクルアーンそのものを暗示しているとも見られる。この他にも、ムハンマドの12人の妻たちと同じ名前を持つ12人の売春婦が登場するなどイスラームに対する揶揄が多くちりばめられておりイスラームに対する挑発でもあったとされる。

「死刑」宣告とその影響編集

『悪魔の詩』の出版は、その直後から国内外のムスリムに反発を生み、10月にインド政府はこの本を発禁とした。イギリスでは12月2日にマンチェスターボルトンで8000人のムスリムが本書の発禁を求めるデモを行ない、翌年1月14日にはブラッドフォードで本書を焼くパフォーマンスを行なった。少数派のムスリムの政治運動としては最大の動きだったが、イギリスでもほとんど報道されることがなかった[3]

世界中の注目を集めたのは、1989年2月14日イランの最高指導者ルーホッラー・ホメイニーによる著者のラシュディおよび発行に関わった者などに対する「死刑」の宣告であった。「死刑」宣告はイスラム法の解釈であるファトワー(fatwa)として宣告された。ラシュディはイギリス警察に厳重に保護された。

  • 1989年2月15日 - イランの財団より、ファトワーの実行者に対する高額の懸賞金(日本円に換算して数億円)が提示された。
  • 1989年3月7日 - イランがイギリスと国交断絶[4]
  • 1989年
    • 2月 - 日本外国特派員協会で出版記念記者会見中であった五十嵐一と出版者のパルマ・ジャンニ(イタリア人)が、パキスタン人の男に襲撃される。その際、パルマは言論と表現活動の自由を主張したが、会場にいた在日パキスタン協会のライース・スィビキ会長がパルマに対し「死刑」を宣告する[4][5]
    • 6月3日 - 心臓発作のためホメイニーが死去。ファトワーは発した本人しか撤回できないので、以後、永久に撤回できなくなった。
  • 1990年2月9日 - ホメイニーの後継者アリー・ハーメネイーが、演説の中で「ラシュディに対する「死刑」宣告は有効であり、執行されるべきである」と改めて強調[4]
  • 1991年7月11日 - 日本語訳を出版した五十嵐一が勤務先の筑波大学にて殺害され、翌日に発見された(悪魔の詩訳者殺人事件[5]。他の外国語翻訳者も狙われた。イタリアノルウェーでは訳者が何者かに襲われ重傷を負う事件が起こった。
  • 1993年 - トルコ語翻訳者の集会が襲撃され、37人が死亡した。
  • 1998年 - イラン大統領のモハンマド・ハータミーが、ファトワーを撤回することはできないが、今後一切関与せず、懸賞金も支持しないとの立場を表明[4]
  • 2006年7月11日 - 悪魔の詩訳者殺人事件で(実行犯が1991年から日本国内に居続けたと仮定した場合の)公訴時効が成立した。
  • 2012年9月16日 - AFP通信の報道によると、イランの強硬派宗教財団がラシュディの処刑実行者に対する懸賞金をこれまでより50万ドル上積みして330万ドル(約2億5400万円)とし、アメリカ人が制作した映画イノセンス・オブ・ムスリム』において預言者ムハンマドへの侮辱的表現がなされていた件を受けて中東各地で反米デモが拡大していることに関連して、「(ラシュディ殺害)実行に最もふさわしいタイミングだ」と訴えた[6]

参照編集

  1. ^ 訳書の邦題にルビはなく、読み方が固定されていない。
  2. ^ 伝承ではクルアーン第53章19節から22節、『あなたがたは、アッラートウッザーを(何であると)考えるか。 それから第3番目のマナートを。あなたがたには男子があり、かれには女子があるというのか。それでは、本当に不当な分け方であろう。』の部分に挿入されていたと伝えられる。
  3. ^ Tariq Modood "RELIGIOUS ANGER AND MINORITY RIGHTS", The Political Quarterly, vol. 60, issue 3, 1989 July.
  4. ^ a b c d 立花書房編『新 警備用語辞典』立花書房、2009年、14-15頁。
  5. ^ a b 迷宮入りの「悪魔の詩」訳者殺人、問題にされた2つのポイント【平成の怪事件簿】”. デイリー新潮 (2019年4月29日). 2019年9月29日閲覧。
  6. ^ 「悪魔の詩」懸賞金を増額=「著者処刑の好機」-イラン財団

関連項目編集

外部リンク編集