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打ちこわし(うちこわし)とは、江戸時代民衆運動の形態のうち、不正を働いたとみなされた者の家屋などを破壊する行為のこと。「打壊」、「打ち壊し」、「打毀」、「打ち毀し」などと表記されることもある[1]

目次

概要編集

近世日本の都市部において町人同士の相互扶助である合力が発展し、富裕町人による町方施行が成立した享保年間の頃から、仁政と呼ばれる社会正義思想が形成された[2]。仁政とは、為政者は富者の私欲の追求を規制して弱者の生活が立ち行かなくなることを防ぎ、富者は私欲を自制し、飢饉災害が発生した時は率先して施米などを行って弱者を救うべき、という為政者・富者に課された責務であり、公的収奪にせよ私的収奪にせよ、この責務を果たせない為政者・富者は「不徳」として糾弾された[2]

主に都市部において、買い占めなどによる物価高騰の原因とされた者に対して行われることが多いが、百姓一揆に伴って、領主の悪政と結びついたとされた特権商人や村役人に対して行われることもあった。家財の略奪なども行われたが、一方で正当な制裁行為であることを主張するために、家屋の破壊だけにとどめ、略奪や放火は厳に戒められた事例も多く知られている。 打ちこわしを主導したものは処罰されたが、打ちこわしの正当性が地域社会で広く認識されている場合は、役人もその結果を容認し打ちこわしを受けた側も処罰を受けたり、面目を失い立ち退くこともあった[2]

都市における最初の打ちこわしは、元禄16年(1703年)に長崎で発生し、享保18年(1733年)には江戸でも初めて発生した。それ以後も飢饉や政情不安などによりしばしば発生し、特に物価が急に上がった幕末にかけて増加した。

脚注編集

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  1. ^ 久松潜一 監修。山田俊雄・築島裕小林芳規編修『改訂 新潮国語辞典 ー現代語・古語ー』(昭和53年10月30日 改訂第6刷発行。 新潮社 ) p 173に「うちこわし【打(ち)壊(し)・打(ち)毀(し)】」と記載されている。
  2. ^ a b c 富江直子 駒村康平(編)「貧困と生存権」『貧困』 ミネルヴァ書房 <福祉+α> 2018年、ISBN 978-4-623-08159-2 pp.13-16.

関連項目編集

豆知識編集

打ちこわしは通称「米壊し」とも呼ばれている。