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明知陣屋(あけちじんや)は、江戸時代美濃国明知(現在の岐阜県恵那市明智町)にあった旗本明知遠山氏陣屋。現在陣屋の建物は残っていない。

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概要 編集

江戸幕府成立後、明知遠山氏は当初は参勤交代をする交代寄合であったが、元和元年(1615年遠山方景の代に明知城を廃城することになり、明知城西麓の大手門近くに陣屋が築かれた。 延宝6年(1678年)5代目の遠山伊清の時に江戸定府の旗本となり以降は陣屋の代官を村上氏に任せて廃藩置県まで継続した。 現在陣屋跡地には村上氏の屋敷と土蔵が残っている。

知行所編集

  • 美濃国恵那郡-5,401石5斗6升9合
    • 明知村・高波村・峰山村・馬坂村・落倉村・小杉村・馬木村・門野村・杉平村・野志村・上手向村・久保原村・下手向村・釜屋村・原村・田代村・猿爪村・吉良見村・小泉村・大船村・上田村・大栗村・田良子村・阿妻村・一色村・颪村・柏尾村・岩竹村・安主村・土助村・才坂村・浅谷村・須淵村・野原村の中の(上切村・上中切村・中切村・下切村)
    • ※浅谷村・須淵村・野原村は、現在は愛知県豊田市旭町の一部となっている。
  • 美濃国土岐郡-1,130石8斗8升4合
    • 小里村の中の羽広村・山田村の中の曾木村・猿子村の中の一部・戸狩村の一部

脚注編集

関連項目編集