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晨鳥社(しんちょうしゃ)は、日本画家山口華楊の日本画画塾1938年11月6日設立。

略史編集

  • 1938年昭和13年) - 11月6日、晨鳥社創立。同年9月16日に病没した西村五雲の七七忌を前に、西村五雲塾晨鳥社の旧塾生71名(「画壇鳥瞰 晨鳥社新に結成」『塔影』14巻11号)が集まり、山口華楊を総務(代表)として結成。当日は五雲誕生日。そもそも、晨鳥社の名称は、1912年明治45年)6月9日、当時12歳だった山口華楊はじめ6名で結成した西村五雲塾が、1933年(昭和8年)に西村五雲塾晨鳥社と改称したものを引継いだという。西村塾晨鳥社は五雲没後、11月2日に西村家の申し出により、一旦解散となった。この時点での華楊以外の会員には前田萩邨1917年入塾、総務)、西村卓三1922年入塾、総務)、猪田青以天野大虹1927年入塾)、奥村厚一田之口青晃1928年入塾)、河合健二1929年入塾)、麻田辨次(のちの辨自、1930年入塾)、森戸国次1931年入塾)、川島浩1932年入塾)、猪原大華1937年入塾)ら75名。
  • 1939年(昭和14年) - 10月、大丸京都店で晨鳥社試作展開催、華楊《豆の秋》はじめ42点出品。
  • 1940年(昭和15年) - 3月、京都市美術館で西村五雲遺作展開催。7月、神戸 大丸で晨鳥社同人新作展開催、華楊《五位鷺》はじめ52点出品。
  • 1941年(昭和16年) - 5月、京都画家聯盟発足、晨鳥社からは52名が参加。京都市美術館で第1回晨鳥社展開催、華楊《犢》・前田萩邨《月夜竹林》・西村卓三《獅子》はじめ49点、神戸大丸でも開催。
  • 1942年(昭和17年) - 6月、京都市美術館で第2回晨鳥社展開催、華楊《水》・前田萩邨《緑装》はじめ41点。11月、神戸大丸で晨鳥社小品展開催。
  • 1943年(昭和18年) - 11月、神戸大丸で晨鳥社小品展開催。
  • 1945年(昭和20年) - 終戦までに会員の応召、戦病死や疎開・転業などもあり、会員数は20名余となる。
  • 1946年(昭和21年) - 4月、京都画家聯盟が解散となり、あらためて京都日本画家協会結成、華楊・前田萩邨理事となる。
  • 1947年(昭和22年) - 前田萩邨没。西村卓三が総務を辞退、総務は華楊1人となる。
  • 1950年(昭和25年) - 4月、塾展を再開、京都丸物で第3回晨鳥社展開催、華楊《山花》はじめ29点。
  • 1975年(昭和50年) - 4月、京都 丸物で第4回晨鳥社展開催、華楊《餌》はじめ31点。以後、毎年開催。
  • 1984年(昭和59年) - 3月16日、山口華楊没。6月7日から12日まで京都 大丸で第37回晨鳥社展開催、河合健二《霧晴れる》・三輪良平《萩の咲く頃》・中路融人《爽晨》・渡辺武蔵《千手》・堀泰明《河畔の人》・竹内浩一《韓の香》・渡辺信喜《蔓》ほか出品。
  • 1985年(昭和60年) - 中路融人、副幹事となる。
  • 1994年平成6年) - 1月から2月まで、東京 東武美術館、京都 大丸ミュージアムKYOTOで山口華楊と晨鳥社の人びと開催、華楊作品37点に加え、晨鳥社から河合健二・川島浩・三輪良平・中路融人・岩倉壽入江酉一郎・渡辺信喜・竹内浩一・堀泰明・渡辺武蔵・今井守彦吉村年代の作品を展示。
  • 1997年(平成9年) - 中路融人会長に就任。
  • 2008年(平成20年) - 8月2日から10月13日まで、奈良県立万葉文化館で「山口華楊と晨鳥社の今」開催。

参考文献編集

  • 島田康寛編「年譜」『山口華楊 [六代]清水六兵衛遺作展』京都国立近代美術館、1987年
  • 『山口華楊と晨鳥社の人びと』日本経済新聞社、1994年
  • 天野大虹「華楊の苦悩」『生誕一〇〇年記念 山口華楊回顧展』朝日新聞社、1999年
  • 大矢鞆音ほか編「画塾晨鳥社略史―山口華楊・麻田辨自・猪原大華と晨鳥社の今を中心に」『奈良県立万葉文化館展覧会だより』33号、2008年
  • 『山口華楊と晨鳥社の今』晨鳥社・奈良県立万葉文化館、2008年