松平乗成

松平 乗成(まつだいら のりしげ)は、三河大給藩の第2代藩主。奥殿藩大給松平家2代。

 
松平乗成
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 万治元年(1658年
死没 元禄16年10月11日1703年11月19日
戒名 本樹院殿高誉性英円山大居士
墓所 東京都港区赤坂の浄土寺
愛知県岡崎市奥殿町の大給家墓地
官位 従五位下石見守、玄蕃頭縫殿頭
幕府 江戸幕府
三河国大給藩
氏族 大給松平家
父母 父:松平乗次、母:本多正直の娘
正室:松平正信の娘
乗賢(長男)、伊織左門
養子:乗真

万治元年(1658年)、初代藩主(当時は4000石の旗本松平乗次の長男として生まれる。寛文8年(1668年)3月30日に第4代将軍・徳川家綱御目見する。寛文12年(1672年)12月28日に従五位下石見守に叙位・任官する。延宝8年(1680年)に玄蕃頭に遷任する。貞享4年(1687年)、父の死去により家督を継ぎ、12月に縫殿頭に遷任する。

元禄7年(1694年)8月28日、大坂定番に任じられる。そして在任中の元禄16年(1703年)10月11日に大坂で死去した。享年46。跡を養子の乗真が継いだ。