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林田 正治(はやしだ まさはる、1892年8月[1] - 1979年12月14日[2])は、日本官僚政治家

衆議院議員(1期)、参議院議員(2期)、熊本市長(16代)、新竹州知事を務めた。

経歴編集

熊本県下益城郡城南町(現・熊本市南区)に生まれる。済々中学旧制第五高等学校を経て、東京帝国大学法学部卒業し、1918年(大正7年)内務省に入省する。のち渡台し、1939年(昭和14年)新竹州知事を務める。

終戦後の1946年(昭和21年)第22回衆議院議員総選挙に熊本選挙区から進歩党より出馬し当選。1948年(昭和23年)熊本市助役を経て、1952年(昭和27年)第16代熊本市長に就任。1956年(昭和31年)第4回参議院議員通常選挙では熊本県選挙区から無所属で出馬し当選する。1960年(昭和35年)第2次池田内閣では北海道開発政務次官を務めた。

さらに1962年(昭和37年)第6回参議院議員通常選挙では自由民主党より出馬し当選。1977年(昭和52年)城南町名誉町民に選ばれた。1979年(昭和54年)熊本県熊本市の病院にて死去[2]

脚注編集

  1. ^ 『日外アソシエーツwhoplus』「林田 正治(ハヤシダ マサハル,参院議員(自民党))」
  2. ^ a b 朝日新聞』1979年12月15日 東京朝刊19頁
議会
先代:
天坊裕彦
  参議院地方行政委員長
1966年
次代:
岸田幸雄
公職
先代:
第15代:1948年 - 1952年
佐藤真佐男
熊本市長
第16代:1952年 - 1956年
次代:
第17・18代:1956年 - 1963年
坂口主税