染野行雄

映画プロデューサー

染野 行雄(そめの ゆきお)は、日本および香港にて活動中の映画プロデューサー

そめの ゆきお
染野 行雄
染野 行雄
本名 同じ
生年月日 1948年3月
出生地 茨城県
職業 映画企画、映画製作、俳優
ジャンル 香港映画、アジア映画
事務所

染野企業電影工作室

有限会社ソメノエンタープライズ
公式サイト http://www.somenofilms.com/
主な作品

『三国志』(1989)

『国姓爺合戦』(2002)
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日本で最も中国映画ビジネスに精通しているプロデューサーであり、現在も、日本・香港を拠点にして日中製作の映画・TV作品のプロデュースを行っている。

略歴 編集

茨城県猿島郡三和町生まれ。国立清水海員学校卒業後、第三管区海上保安本部横浜海上保安部巡査船「むろと」配属となる。1966年8月に海上保安部を辞任。

1967年、当時香港最大の映画会社だったショウ・ブラザーズのスタッフが『金燕子』『飛刀手』の撮影のために来日し、現場である御殿場にて主演俳優の乗馬スタントを担当した事がきっかけで、ショウ・ブラザーズより乗馬指導の要請を受け、1968年、香港に渡り同地を拠点にスタントマン、俳優、アクション指導などを行う。[1]。又、日本のテレビドラマGメン'75」の香港シリーズにも擬斗として参加していた。[2]

1980年5月に一時帰国したが1985年12月に現:香港監督協会名誉会長の呉思遠(ン・シーユン)から再度香港へのカムバックの要請があり映画『龍の忍者』の役者としてカムバックする。この作品で真田広之と共に出演。1986年3月に香港現地法人「染野企業電影工作室」を設立、現在に至る。

代表作 編集

中国古典には、「三国志」「水滸伝」「西遊記」「紅楼夢」という4大作品があるが、日本人に馴染みの深い、横山光輝のマンガでも人気の『三国志』を、製作費12億円の日中合作として世界で初めて映画化した(1989年東宝東和配給)。日本で公開されたフィルムは川喜多記念映画文化財団に寄贈され、その後、東京国立近代美術館フィルムセンターに保管されている。

又、長崎県平戸市が10年温めて来た、平戸生まれの英雄「鄭成功(ていせいこう)」を主人公に描いた作品を日中合作にて製作。『国姓爺合戦』(2002年日活配給)として公開された。

交友 編集

友人・後輩 編集

映画製作、出演他実績(抜粋) 編集

脚注 編集

  1. ^ [1]
  2. ^ [2]