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森 和彦(もり かずひこ、1932年 - )は、大阪府豊中市生まれ、岐阜県岐阜市出身の元プロ野球選手外野手)。

森 和彦
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県岐阜市
生年月日 1932年
選手情報
ポジション 外野手
プロ入り 1950年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

読売ジャイアンツ(巨人)V9時代の正捕手でヤクルト西武横浜のコーチ、監督を歴任した森祇晶(旧名:昌彦)は実弟に当たる。

目次

経歴編集

岐阜県立岐阜高等学校時代は1948年夏の甲子園(当時の校名は岐阜第一高等学校),1949年夏の甲子園と2年連続で甲子園に出場した。そして4番打者として、1948年はベスト4,1949年は準優勝に導くなど大活躍した。高校時代のチームメイトに花井悠(元西鉄),河合保彦(元中日・西鉄)がいる。

1950年阪急ブレーブスに入団。しかし、プロでは一軍公式戦に出場する事は出来ぬまま、1952年に引退した。

引退後は松下電器産業(現・パナソニック)に入社(野球選手としてではなく、会社員として)。家電・扇風機事業部長、本社総務部長、総合空調推進室長、住宅空調担当理事などを歴任し、1992年定年退職。その後ウィーンに半年間移住した後、趣味のクラシック音楽鑑賞が縁で、「音楽企画ドルチェ」に入社しチーフプロデューサーとして1998年まで勤務した。その後は音楽入門講座の講師、オペラオペレッタの啓蒙活動など、クラシック音楽に関するボランティア活動に精を出している。また写真も趣味で、度々オーストリアを訪れ、オーストリアに関する写真を次々に発表している。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

  • 一軍公式戦出場なし

背番号編集

  • 11 (1950年)
  • 27 (1951年)
  • 25 (1952年)

※いずれも二軍での背番号である。

関連項目編集

外部リンク編集